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                          カナダ一人旅

                          2002年9月1日(日)~10月1日(火)


 急に仕事を失くしたのが海外一人旅を実行する直接原因でした

予ねて、60歳までに海外長期滞在をと夢見ながら、無為に過ごしてきました。そんな私に、「時間・費用・周囲の条件」と3拍子揃ってしまわれると、これはもう行くしかない!無理やり行き先を未知の、
「カナダ」と決めました。

何も知らないカナダについて、私の
インターネット検索が始まりました。

何かしらぼんやりとカナダの国が描けてきたら後は微に入り細に亘り現地のバス時刻表まで取り出して計画を練りました。
準備期間約2ヶ月、私のカナダ一人旅は、このときからすでに始まっていたのです
先ずは英会話をマスター 

★バンクーバー(3週間)⇒ユースホステルに宿泊しながら、先ずは語学学校で英会話の特訓。
                 しかしこれは完全に誤算。日本人が70~80%の語学学校では時間と費用の無駄使い・・・。

【土日の学校休日に行きました】

☆スタンレーパーク→ダウンタウンから最も近い有名な公園。最初に訪れました。

☆キャピラノ渓谷&グラウス山ハイキング→久しぶりの山登りはやっぱり楽しい。

☆ビクトリア1泊旅行→鯨ウオッチング・アフタヌーンテイー・ブッチャートガーデン・大英博物館など、驚きと感動の2日間。

ウイスラー山ハイキング
学校をサボっていきました。冬場のスキーのメッ カ。超広大なゲレンデに思いを馳せてゴロゴロの岩山を歩きました。


【バンクーバーからトロントへ、これこそ本来の一人旅】

 ジャスパー(2泊)→ここからが・カナダ横断旅行の始まり。毎日ハプニングの連続でした。

☆ レイクルイーズ(1泊)→シャトー湖・シャトーホテルにアグネス湖。エメラルドグリーンの夢の世界。

☆ バンフ(2泊)→自転車を借りて街を駆け回りました。ボー川にスプリングホテル、サルファー山など精力的に見て回りました。

☆ モントリオール・モントランプラン(1泊)→紅葉を期待していたのにハズレ。フランス語圏内の難しさを痛感。夜の街は素敵なムード。

☆ ナイアガラ(1泊)→霧の乙女号で見た滝、歩いて渡ったレインボーブリッジ。観光地そのものながら自然の迫力はやはりすごい!

☆ トロント(1泊)→観光地というよりは経済の大都会といった感じ。
2002年9月1日()

関空出発では優美さんが見送りに来てくれた。飛行機の乗り方から分からない私にはやはり心強い。なぜか心が凍結状態。
これからのことが不安なのか?固まっている。

バンクーバーへは思ったより早く着いた。約9
時間の飛行。まず、インフォメーションで初めて実地の英語でシャトルバスについて聞く。案外すんなりと耳に入り、乗り場もすぐ分かった。優美さんからもらった小銭の中から$12を払う。
シャトルバスは約
30分のはずが、順番にホテルを回りその度に気のいい運転手は荷物を運び、愛想をいい、結局ほとんど1時間もかかってユースホステルに着いた。特に驚くほどの町並みではなく、でも確かに外国の町で、不思議な印象ではある。YHはどちらかというと古くあまりきれいではない。でも日本だってこんなものだろう。

ちょうどお昼頃で、チェックインには早すぎるので、荷物預かりを頼んですぐ町を見学に出る。YHで地図をもらったのでそれを見て市内を歩いてみる。説明ではイングリッシュベイがすぐ近くだというので、西へ向かう。すべての通りに名前があるので分かり易い。これなら迷うこともなさそうで、時間いっぱいダウンタウンを散策してみようと決める。日本から持ってきたペットボトルとお菓子、機内のパンが昼食になった。日差しは暑く、まだ夏の季節。海岸はのどかな感じで、誰も人のことにかまってはいない。時折ジョクギングをを楽しむ人が通り過ぎる。

歩きながら、まず学校を確認するべきと気が付いた。地図では一番東寄りで、ロブソン通りなどの中心街の少し外れになっている。通り1本の距離が知れているので端から端まででも十分に歩きに耐えられそう。地理を知るには歩きが一番と決めてぶらぶら歩く。肝心の学校の場所まで来ているのになかなか見つからず何度も行ったり来たりしてやっと学校を確認。明日はホリデーだが明後日からここに通うわけだ。それにしてもカナダジャーナルの人は何か連絡をくれるのだろうか。

そのままウオーターフロント駅にでてしまった。歩いているとあっという間に地図を超えている。公園風になっているので気ままに歩くとビッグクルーズが停泊している。ファミリーの観光客がそれぞれにアイスクリームなどを手にぶらついている。

そうだインフォメーションで明日の観光の段取りをしておこう。ところが皆が手にしている順番札がどこなのかわからない。仕方なく、そばの外人に聞くと傍の柱を教えてくれた。何にせよ、一つのことをするのにいちいちやり方を聞かないと先へ進まないのが歯がゆい。順番が来て、たどたどしい英語を話し出すと、すぐに「待て」と言われ、日本人スタッフに変えられた。おかげで私はしっかりと説明を聞き、さらに来週の予定の観光も聞いておくことが出来た。グラウス山をハイキングすることもシーバスの乗り方も丁寧に教えてくれた。こんなところで、日本語も英語も使いこなして、旅行者の役に立つ仕事をするなんて、すごい事だと心底感心する。

このままシーバスの乗り場を確認し、券の買い方も覚えておこうと歩き出す。ウオーターフロント駅から中に入り、改札まで行ってみた。大丈夫これで来週はもたもたしなくて済む。駅からすぐ近くにガスオクロックがあり、時々蒸気を噴出している。ああ、ここが有名なガスタウンタだと分かる。カメラは出来るだけ最小限にと思うのに、見るものすべて珍しくついパチリと撮ってしまう。すでに1本近く使ってしまっているのに驚く。

後はいずれ必要だと郵便局・図書館を地図に従って確認。だんだん夕方になり、しかも公園の傍を通り過ぎるとき異様な雰囲気を感じて、足早に離れたが、後で聞くとチャイナタウンに近かったそうな。注意、注意!

最後にカナダガイダンスに寄ったが日曜のため閉鎖。今晩の夕飯に7イレブンで買物をし、YHにもどる。慣れない通りに地図の見方を間違えて、思いのほか手間取ってYHに戻る。チェックインをして,13日分の宿泊費をカードで払い、部屋に入ると4人部屋の下段ベッドに足を伸ばした。日本女性が1人いて、明日には出発するが、バスの回数券が1枚残ったからといって私にくれた。荷物をチェーンキーで止め、キッチンを覗くと大勢の外人がそれぞれにりっぱなデイナーを楽しんでいた。初めてのシャワーを浴び日記を書いてから寝た。

     
 English Bay            ビッグクルーズが停泊中      ガスタウンのガス時計

2002() 

9:00起床→YH10:30発→オリジナルツアー・スタンレーパーク→14:30解散→個人散策(トーテンポール・東海岸沿ウオーク・ライオンズゲート往復徒歩・プロスペクトポイント)→フリーバス・公園入口→徒歩18:30YH23:30就寝

朝起きてみると雨。夕べの日本人はもう出かけた後。バスの券のお礼を言いたかった。今日は自転車を借りて市内を見学と思っていたが、雨ではやっかいだ。YHの案内で相談していると、ちょうどスタンレーパークのオリジナルツアーがある、と言うのでこれはラッキーとすぐ申し込んだ。もちろん参加料はタダ。バンクーバーのもう一つのYH・センター組もあわせて10人位で出発。中に日本人男性が1人いる。引率は日本に長く滞在したことがあるという、高校教師。「よろしくお願いします」というと「分かりました」と返事をしてくれた。デービーSt.から⑥のバスに乗る。ここで初めてバスに乗ったが先ず乗るときに$2を払うのにあわてた。昨日もらったばかりの1枚は2地区用なので次の機会にとっておき、朝一番YHの受付で$20チェックを両替してもらった小銭で払った。

カナダへきてすぐにやらなければならないことに両替があるが、YHで裏にサインしてパスポートを見せれば簡単にトラベルチェックをカナダドルに換えてくれた。何事も「案ずるより産むが易し」とはこのことか。しかし日本円は銀行へ行かないとダメ。やはり少し億劫な気がする。

ともあれ、小雨降るスタンレーパークに立って、初めて現地の英語で説明を聞いた。まんざらチンプンカンプンでもなく、時折耳に入る単語と目の前の大木などを見比べて何とか説明を理解できそう。まあ、聞き取れているのは半分以下だろうが・・・。

何よりも、つい先ごろこのスタンレーパークで韓国女性が襲われ、殺されると言うニュースがあり、さびしそうなところは歩かないようにと言われていたので、団体でしかも説明つきの今日のツアーはとても有難い。人の行かない静かな所こそ、歴史を感じさせ、見る価値が大きく、公園の真髄に迫れるのだから。

小雨も止み、午後2:30ツアーは解散した。晴れてきた空を見ながら、日本人男性とトーテンポールを見に行ったが、年寄女がくっ付いてはと遠慮して、私は単独で散策と決め込んだ。東の海岸沿いにぶらぶら歩いていると、様々な人たちがジョクやサイクリングを楽しんだり、馬車に乗ったり、休日を楽しんでいる。

しばらく歩くと前方に橋が見えた。地図で見ると“ライオンズゲート橋”となっている。よく見ると、人が歩いている。とたんに私は「あの橋を走ってみよう」と思いついた。目標が出来ると楽しい。一目散に“プロスペクトポイント”を目指したが、海岸線から中の道へ入るのを間違い、引返したり、人に訊いたり、やっとの思いで橋にたどり着いた。車道の両端に歩道というよりは自転車専用道のようで、時折ライダーカが通り抜ける。風が強く、お腹も空いてきたので、さっき売店で買ったビスケット$1.5を頬張った。日本と違いパン2個分位の食べ応えがあった。向方まで走り、再び引き返しながら、日本でしまなみ海道を走ったことを思い出していた。

フリーバスに乗ろうとにぎやかな場所へ行きかけたとき、道端であらい熊が3匹いるのに出会った。観光客がワイワイと写真に撮っている。私も23枚撮っておいた。愛らしいリスはもう何回も見ているが、さすがにアライ熊は珍しい。

バスは直ぐやってきた。公園入口まで西側の海岸沿いに運転手がガイドも兼ねていた。必死で聞き取ろうとしたが、やはり大方は理解できずに終わった。かなりはっきりとゆっくりとしゃべっていたのに、まだまだ私の英語力は未熟すぎる。

公園からYHまでまた歩いて帰った。昨日探し回った学校が公園に近く、とりあえず通学の時間を計るべく、地図で最短距離を歩いてみた。約20分強と確認した。

YHの部屋に戻ると、今日入室の台湾人がロビーで大事な荷物を盗られたとしょげていた。後は警察やら手続きが大変らしい。聞きながら他人事ではないと気を引き締めていた。よくしゃべり気のいい人だった。更に今日入室の日本人の妹と言う人が訪ねてきて、やはりパスポートをなくしたの何のと言って姉を待たせてくれと言う。ついでにチャイナタウンでの勇敢な買物伝をひとしきりしゃべり出した。私はただ目を丸くして聞いていた。

    
 スタンレー公園で                              ライオンズブリッジが見える

2002()

7:30起床→YH8:178:40学校着→午後市内見学→15:30学校初日終了→カナダガイダンス→YH17:30

夕べ同室者のおしゃべりのせいで、寝るのが遅くなり、しかも目覚ましが鳴らなかったので朝寝坊。初登校の日だと言うのに8時に出発のつもりが8:17となった。大あわてで学校へ急いだが、昨日時間を計っておいて良かった。カナダジャーナルの中谷さんが来ていないかと探したが居そうにない。なんていい加減な旅行会社だ。こんな事なら手数料の取られ損だ。5階に上がると驚くほど大勢の若者で溢れている。更にびっくり、ほとんど70%が日本人。耳に入るのは日本語だらけ。がっかりする。

午前中はクラス分けのテストと諸々の説明。午後はダウンタウンの案内だが、すでに主だった所は歩いたし、何か無意味な初日ではある。15:30下校となり、カナダガイダンスへ寄ることにした。今日なら事務所は開いているだろう。ペンダーSt.をサーロー・バラードと通り過ぎグランビルSt.の角にある。9階まで上がり事務所に入ると、親切そうなファミリーの顔。早速メールを出来るようにとset-upしたかったがパソコンの調子が悪くてだめ。でも相談できる事務所があるのは心強いもの。またカナダジャーナルの不親切が思われたがもう当てにするのは止そうと思った。

YHに戻り、早めに食事を済ませ、息子の家に無事を知らせたいと電話をしてみるが、テレフォンカードを使っても、25セントコインでもうまく通じず、結局25セントを2度も取られ損する。やっと通じたら留守電になっていたが、とにかく無事の声だけを入れておいた。

2002()

6:45起床→YH8:00発→8:30学校→午前授業4-DEBLA→午後①2-CARMEN→午後②2-CRIS

今日は初授業の日。午前のDEBLA先生はオーストラリア女性。発音が分かりにくく、教え方も下手。

クラスに佐々木洋子さんという70歳近い女性が一人いる。話しかけるうち彼女は三味線・琴を教えるお師匠さんだとか。ダウンタウンにここから5分の所に超豪華なマンションを借りて住んでいるという。1日当り\13,000也。お昼には早速誘われて彼女の部屋でランチタイム。クローゼットにはずらりとドレスが並んでいる。夕方には着替えてツアー係りの人と食事に行くという。なんという贅沢。YHに泊り込んでいる私などまるで虫けらの生活か。バンクーバーの日本人はもっときれいな服装をしないといけないという。汚らしすぎるというのだ。私も同様かな?と思う

残念なことに彼女は明日・木曜日でスクールを終えるそうだ。

午後の授業は彼女と別れ会話クラスだったが、やはり人数が多くゲームっぽく、どうも英語が上達しそうな感じには思えない。むしろ街中でいろいろな人に話しかけている方が余程上達しそうだ。何より聞き取りが下手では授業でも遅れを取り、会話に入って行けない。積極的にしゃべれと言われるが、聞けない者には無理だ。

授業終了後少し町をぶらついてみる。お昼のお礼に佐々木さんにクッキーを買った。又スーパーに寄り食料を買い足した。久しぶりに鮭の切り身(と言っても大きい)を買い、焼魚にしてみるととても美味しかった。


2002
()

7:15起床→YH8:30発→学校8:45着→12:30(トイックテスト)14:30CRIS授業→17:00カナダガイダンス18:2019:00YH

授業2日目。昼休み土日のキャンプの申し込みをしたら、人数が少なく中止になったという。ほとんどが明日からの「カナチデイアンロッキー」の旅に参加するらしい。私も後日に予定していなければ当然参加するのだが、ちょっと早まったかな?この費用を払うのにいよいよ銀行で日本円の両替を必要かと思い佐々木さんに付き合ってもらおうと思っていたがその必要もない。又彼女の部屋へ誘われたが続けては厚かましいと断り、5階の広間に行くと溢れんばかりの学生で場所もない。仕方なく床に座り込んでサンドイッチを食べていたら、隣の女の子が「トイック受けますか?」と聞いてきた。「あヽ、そんなことも言ってったっけ」と思い出し、「受けない」というと、「なぜ、誰でも受けられるのに?」と問いかけるので、「なら受けてみようか・・・」と簡単にその気になり、急いでテストの部屋に入った。試験開始寸前で、思いがけずトイックに挑戦する羽目になった。テストが終わり、答案用紙の回収時に初めて受験資格のないことが分かった。トイッククラスのみということらしい。彼女私を同じクラスと勘違いしたらしい。とりあえず用紙を渡しておき、午後2時限目の教室に行くと、テストの担当教師のクラスだった。授業終了後、内緒でトイックの採点を頼んだらOKしてくれた。ラッキー!

放課後カナダガイダンスに寄り、今度はPCがうまくいき、メールのセットアップ成功。すべて事務所のお嬢さんがしてくれたのだが・・・。とりあえず皆にメールを書き送ったが、肝心の勝虎の分はエラーになってしまった。でも後は学校からでもメールできるのでひとまず落着。

2002年9月6日()

7:00起床→YH8:20発→8:45学校着→12:30PCメール13:0016:00授業終了→買物→17:30YH19:00夕食

少しずつ余裕が出てきたかな?最初の月・火と午前中雨が降ったのみで、後は上天気が続いている。暑い。

授業は相変わらずいまいち。しかし今日は金曜日で授業なしの人が多い。しかもスクールアクチビテイで皆カナデイアンロッキーに行っている。来週月曜までの予定。何かほっとする。

早速昼休みの半分をPC利用に当てる。早くも上田さん・長崎さん・菊池さんからメールが入っていた。やはり懐かしくて嬉しい。

今日は少し多めに買物する。食堂の感じもようやく慣れ、ここで日記や翌日の予定などを立てればいいと思う。

狭く暗いベッドで窮屈にしているより快適だし、他の外人と話せるチャンスがあるかもしれない。

夕食後、まずは明日の日曜日の予定、グラウス山へのハイキングうまく行くかな?



2002
日(土)

800起床→YH9301000観光案内所→シーバス→1100(236バス)キャピラノ渓谷吊橋→1230グラウス山登山口→1350グラウスgrind→昼食休憩(レストランにてcoffee)1430リフト(無料)→グラウス山頂上→walk down15:30grouse-grind散策→1630sky劇場(立体映画)1700ゴンドラ下山→(バス・シーバス・スカイトレイン)グランビル駅1800YH

朝起きると曇っていた。休みの度に雨か…と少し憂鬱。明日は必ず雨になりそう、と思うと、今日は是が非でもグラウス山へ行っておきたい。

例の観光案内所へ行き、日本人のマミさんを探すが今日はいない。前に行ったときにバス・ゴンドラ・公園入場料込みで$20という格安チケットを勧められていたのに彼女がいないと要領を得ない。結局、個別にチケットを買うことになる。

シーバスは前に確認していたからすんなりと乗る。わずか10分位でノースバンクーバーに着いた。途中の景色も左程のものではない。乗継のバスもすぐわかった。YHで一緒の女の子2人連れに出会ったが、直ぐに別れた。せっかく直の英語を学ぶチャンスだから出来るだけ日本人で固まるのは避けたかった。

キャピラノ渓谷・吊橋等賑やかな観光地だが、規模も小さく大したことはない。日本の谷瀬の吊橋やかずら橋の方が余程面白い。次に地図を見てキャピラノ川沿いに養鱒場~ダム~グラウス登山口へ行きたいと思ったが無理といわれ、又バスに乗って登山口まで行く。

 
   
 シーバスから見たNorthバンクーバー  キャピラノ渓谷  吊り橋           彫りものがすごい!

登山道ははっきりしていて、ファミリーが多く、タイムを競う大会もあるらしく、迷うことは全くない。私は念のためゆっくりと歩いたが、1組のファミリーのまだ67歳の女の子が必死で付いて来て、追いつ追われつするうちに目障りになり、ついスピードを上げてしまい、後で思うと苦笑ものではあった。

1時間20分位で山頂公園に着く。周囲は整備され、至る所に彫刻が置かれていい感じである。とにかくお腹が空いていたのでレストランに入りコーヒーを買い、持参のサンドイッチでお腹を満たした。周りを見ると持参のフルーツやパンを食べている人が多い。レストランのテーブルをあったかいコーヒーだけでそんな風に使っても平気のようだ。

外に出て、見上げると山頂まで歩いても行けそう。だが歩いて登る人はいない。無料リフトを利用しない法はないのだ。山頂は人もまばらで、特別なものは何もない。せめて下りるの位は歩いてと念のためリフトの係員に道を確認したら、急な崖になっているから危ないと言われた。リフト上から見た限りではなだらかな下りなのにと思い、少し頑張って主張し、結局危なければ戻るからと言って歩き出した。

歩きで正解。ハイキング気分よろしく、ものの15分位でgrouse-grindに着き、そこで学校の同じクラスのトルコ人の男の子二人に出会い、「Theatre the Sky」での映画は無料で必見だというので一緒に入って見た。

これが何ともすばらしかった。立体映像で、グラウス山の歴史、自然、生態系など迫力満点。もし彼らに出会ってなかったら、見ずに帰っていただろう。良かった!

帰りはバスを乗り継ぎウオーターフロント駅に着き、チケットの利用時間に余裕があるので、まだ一度も乗っていないスカイトレインにチャレンジしてみようとグランビル駅まで乗ってみる。不思議なのは、乗るときも降りる時もチケットの検札を通らないのだ。これなら無銭乗車が可能ではないか???

実り多い今日の日に満足して、明日のYHオリジナルツアーを夢見て、早い目の就寝。

    
 グラウス山入口


2002年
(日)雨

9:00YHロビー集合→⑥バス→#257エクスプレス→ホーシュベイ→(フェリー)ボウエンアイランド→Snug CoveKillorney Lake昼食→Museum(フェリー)ホーシュベイ→#257バス→ダウンタウン→YH

今日はYHのoriginal tourBOUEN ISLANDに参加。朝lobbyに集合。

参加者は ブライアン(台湾香港)DANIEL(ダニエル)(ENGLAND)DENICE(デーネイス)(NZ)SABINE(サベイナ)(Australia)4人と私。

ホーシュベイからのフェリーに乗っている頃雨が降り出した。前週のYH ツアーと違い時間が経つほどに本降りとなって来る。

フェリーを降り、コーヒーを買って、なにやら現地民族展示館のような所に立ち寄ってから、今日のメインコースに入っていっ
た。広い公園になっていて、標識があり、順回路が示されていた。雨のせいかほとんど人に会わず、静かな森を散策している
ような感じ。
スタンレーパークにも似ている。Killoney Lakeのほとりで昼食タイムとなったが、雨の中早々に食べ終わる。不
思議なことに雨の中誰も傘をささない。そういえば、
down-townでも雨の日に傘を見ることはない。外国人は傘を邪魔に思うのだろうか。代わりに皆分厚いコートを着込んでいる。

また歩き出し、台湾人のブライアンさんが気を使って親切に説明してくれるが、悲しいかな半分以上わからない。

かなりクリアーな英語なのにそれでも???・・・なのだ。もう少しヒヤリングが出来れば他の3人とももっとコミュニケーション出来たのに・・・。外人ばかり4人とのツアーなんて最高のシツエーションなのに。

それにしても台湾人のブライアンさんはなんと17歳だった。大人びて見えたのもだが、ボランテイアでツアーリーダーをしているなんて、さすがカナダらしいお国柄!

天気がよければカヌーなどのオプションもあったのだが予定を切り上げて、来たコ-スを早めに戻る。

Down-townで解散。暗くなりかけた町に寒さが重なって、一刻も早くYHに戻りたかったのでつい、ブライアンさんの「お茶でも
飲みますか?」の誘いを断ったが、今思うと色々気を使ってくれたお礼に
コーヒー1杯位おごってあげればよかった。
ついでに、ゆっくり・易しい
会話チャンスだったかもしれないのに・・・。

   
 本日の参加者達



2002年
(月)晴れ

7:15起床→YH8:308:55学校→午前4-Ⅱ・午後2―Ⅱ・2-Ⅷ→4:00パソコン5:00→スーパー買物→6:00YH

今日は朝一番曇っていたが直ぐに晴れてよい天気となった。早や、暑いというよりは涼しく、はっきりと季節は秋に向いている。授業は相変わらずだが少しずつ気楽になってきた。クラスの女の子がしきりに「日本に帰りたい」と訴えていた。体調がうまく順応しないらしい。スクールアクテイビテイThe Rocky Mountains」が今日までなので出席者が少なく良かった。やはりクラスは5~6人が良い。

昼から2時限目の先生がTOEIC テストの担当者だったので、テストの結果を内緒で出して欲しいと頼んでみた。OKだった。明日にはわかるそうだ。

授業後パソコンを1時間する。息子・菊池・岩井・畑さんへ返事。上田さんへは又の時にする積り。一日があっという間に過ぎる。



200210(火)晴れ

放課後Lynn Canyon Parkへ行く→21:00YH

今日はいつものように時間が過ぎ、最後の授業でChris先生からTOEIC採点を返してもらった。365点。予想通りだ。どうせこんなものだと思っていた。

帰り際に、午後のクラスで一緒の徳元真紀子さんが、「篠塚友里さんとLynn Canyonへ行くけど一緒にどう?」と誘ってくれた。とても嬉しくて二つ返事でOK。費用はバス代$3(zone)のみ。入園料など要らない。

先日のCapilano River Parkとは打って変わって静かだし、自然をそのまま楽しめてこちらの方がずっと良い。同じようなサスペンションBridgeもあって十分面白く、規模も全く引けを取らない。むしろ静かなハイキングコースを歩き、川べりに下りてきれいな流れを見ているとカナダの自然を実感できる。真紀子さんが「お薦め」だというのが良く分かる。

若い人達とはなかなか話しにくい中で、彼女達はとてもフレンドリーで親切だった。こちらの夕暮れは8時頃なので、放課後ちょっと足を伸ばすには十分に時間がありそうだ。これからも近くを一緒に探索したいと思ったが、残念ながら徳元さんは今週で終わり沖縄に帰ってしまうそうだ。もっと早く知り合っていればと思う。YHには9時頃帰った。さすがに疲れた。

    



2002
11日(水)晴れ

7:00起床→YH8:30

午前中の授業はやはり良くない。真剣にクラス変更してもらおうかと考える。しかしせっかくDEBLA先生と仲良くなりかけたのに、と思うと迷ってしまう。

昼休み、昨日の真紀子と友里が海辺リでお弁当を食べていると思い出かけたがいない。仕方なく一人で海を眺めて食事する。昼から授業に力が入らないと思ったらどうやら風邪気味のよう、頭が痛い。

放課後inへ行ってビクトリアのこととウイスラーのことを調べる。ビクトリアではNanaimoへ行くのはどうもいまいちのようだ。ウイスラーも片道2時間半もかかるのでどうしようかと迷う。でも行きたい。又明日昼休みにinへ行くか・・・。ともかく今日は何もかも忘れて早く寝よう。

 


2002
9月12
(木)晴れ

9:00起床→YH10:30→自転車rent出来ず→11:30一日乗車券購入→Burrard橋→Granville IslandQueen Elizabeth Park(Sky-Train周遊)Granville駅→King-George駅→Main(Via-Bus駅に寄る)Granville駅下車→⑥busDavieThurlow-St.→スーパー買物→18:35YH

夕べから下痢になり夜中眠れず。朝になってもまだ身体がだるく、思い切って休むことにする。が、外は余りにも上天気。じっと寝ているのがもったいなくなり、自転車で市内見物するなら今日だと決め込んだ。

しかし一日fullに自転車で走り回るには少々体調に不安があり、数時間のレンタル自転車を申込むがだめ。近くのレンタサイクル店を紹介してくれたが、結局だめ。急遽バス・スカイトレインの一日乗車券を買うことにしたが、どこで買えるのかが分からない。道行く人に訊いていたら、親切なおばさんが店まで連れて行ってくれたが、確か$8のはずなのに$18だと言う。騙されているのではと疑ったが、回数券と勘違いしていたのだ。ごめんね。やっと段取りがついて、以前から歩きたかったバラードブリッジを渡る。それからグランビルアイランドまで海岸沿いの道を探すのに少しもたついたが、予定通りに気持ちよい海岸公園ウオークを楽しんだ。途中芝生の中で、持参のサンドイッチを食べた。日本では一人で芝生に入るのも、お弁当を食べるのも、勇気がいるし余り美味しくもないのだが、ここではとてもリラックスできて美味しかった。

Granville-Islandではビール工場での試飲を楽しみにしていたのだが、時間帯が合わず出来なかった。残念。

Islandの中をウロウロするうちに果物や野菜の青空市場、色々な催し会場など友達と来れば楽しめる場所がいっぱいあった。私はice-creamを買って歩きながら食べた。こういうことがしたかったのだ。楽しい。

   
 市内を走っみた

 次にQueen-Elizabeth park(クイーンエリザベス公園)へ行った。

ここでもバスの運転手に乗り換え場所を教えてもらい、難なく行けた。この公園は規模も大きく、とても花がきれい! 温室の入場は料金が要ったのでやめた。写真を撮り回るうちに方向を失い、元の場所へ戻った積りが違う所へ出て、busの乗り場を探すのにも誰にも出会わず、聞くにも聞けず困った。ふとCanbi-st.33Ave.を記憶していたので、探すと29Ave.の表示が見え、その先にバス停があった。ホッとして来たバスに乗るとこれがUBC行だったので、最寄のsky-train(地図上ではNanaimo)とは反対の方向へ走り出した。運転手はしきりにダウンタウングランビル駅に戻れというが納得できずにいると、親切な市民が私を無理やりグランビル駅行きのバスに乗せてしまった。結局振出しに戻ってしまったが、その間何人の人の世話になったことか・・・、本当にカナダの人は親切なのだ。

振出しに戻ったのならいっそsky-trainの周遊の旅を楽しもうと予定を変更。窓からの景色を眺めながらガイドbookを見ていたら、セントラルParkが良いと書いてあったので、Patterson駅で降りて少し歩いてみた。公園の入口でリスが1匹飛び跳ねていた。また、シジュウカラ?ヒガラ?が目の前で数羽遊んでいた。こちらへ来てはじめてのbird-watchingだ。余りに静かな公園なので通りがかりの人に「この辺は危なくないか」と聞いたら、「この道なら大丈夫だ」と返事してくれたので、気をつけながら30分ほど散策した。

再びsky-trainに乗り込み、King-George駅に着いた。ここで全員が下車。が、私はこのまま周遊するのだからと乗ったままでいた。しかし、無人電車は私一人を乗せたまま、少し進み、中途半端な所で止まった。様子の分からない国で、私一人を乗せた無人電車・・・。怖くて、皆について降りれば良かったと後悔したが後の祭り・・・。数分後、無人電車はやおらもとの方向へ引き返し、再びKing-George駅に止まった。ここで反対方向の乗客が乗り込んできて、「なんだそんな仕組みか!」と納得。電車は周回ではなくりターン方式なのだ。

途中Main駅で降り、バスデポに寄り、ビクトリア行きのチケットを買って帰った。

今日は思いがけず市内観光が出来て大満足。でも徳元さんとは今日が最後の日だったのに会えずじまいは心残りだ。

   
                 Queen-Elizabeth park

 



2002
13
()

7:15起床→YH8:309:55学校→①1-Ⅰ・②1-Ⅲ→12:00観光案内所13:00→③1-Ⅳ・④1-Ⅶ

一昨夜が下痢で眠れなかったのに、夕べもまた寝付けずうとうとしていたようだ。上段bedの二人に目覚ましを頼まれていたので気になったのかも知れない。

今日は金曜日なのでいつもの授業とは違う。午前中は何とか楽しかったが昼から2時限目が面白くなかった。でも先生が丁度明日から1週間旅行に出かけるというので、来週は別の先生になるだろう。

昼休みにinクジラ・ウオッチングチケットtを申し込みに行った。学割が利いて$15ほど安くなった。Lucky

この調子で他のツアーも安くいけるかな?

ところで今日は一度YHを引き上げて、明日はビクトリア行きだ。住み慣れた部屋だけど一応心機一変するにはいいかもしれない。というわけで、今日は一旦荷物の片付け。小のリュックで行くつもりが、結局、中のリュックで行くことにした。来週はこのリュックを日本へ郵送しなければならない。郵便局でうまく送れるだろうか?


200214日(土)

5:00起床→6:00check-outYH6:306:47busGranville7:15Main駅→busデポ7:30ferry11:30Victoria→観光案内所→James-room(afternoon-tea$11)→14:00whale-watching14:3017:30帰港→18:00YH(check-in)→マクドナルド$6.7521:00就寝

朝早く5時前に目が覚めた。同室者を起こさないよう荷物を外へ出そうとうっかりカードを持たないままドアを出てロック状態になる。そっとドアーをノックするが皆眠っていて反応なし。フロントへ行ったら誰もいない。一瞬パニック。慌てたらあかん、と言い聞かして受付のベルを押す。出て来たスタッフに別のカードをもらいやっと部屋に入り、他の荷物も廊下に出して、ごそごそと整理。フロントに荷物を預けバスの時刻まで食堂で朝食を取り、歩いて5分のDevie-St.バス停へ。予定通り始発に乗り、電車に乗り継ぐ。電車の中で一人の外人が私の茶色上着がとても良いとほめてくれた。全く知らない人だけどほめられたのは初めてでなんかホワッと嬉しかった。

Main駅からバスに乗り込む。満席で出来れば隣席が空いたままであれば良いと思ったが、老女性が座った。それならと少し会話をしてみた。感じのいい人だった。

フェリーではものすごい人数で、甲板もどこも人で溢れていた。日本人もうようよ居た。皆が外国に居ることを忘れたかのように、グループで自国語をまくしたてていた。写真を撮り合い、お菓子を頬張り、笑いこけていた。私は一人場違いな気がしていた。

   
 船の上で          州議事堂           

陸が近づくと運転手がしつこく繰り返していた№2004busに早い目に戻った。時刻どおりにビクトリアに着いた。明るい!

直ぐそばに海があり、海を臨むように州議事堂が見事な建築様式を披露している。あの有名なエムプレスHotelBusデポの目の前に立っている。英国に行ったことはないが、町はまさしくイギリス王朝を思わせる。

私はまず案内所を探した。フェリーの中にあった地図を広げて確認する。Inは直ぐ分かった。順番を待ち、クジラ-watchingの集合場所を聞き、次にアフタヌーン・ティーについて聞く。本に紹介されているエムプレス-Hotel$39と高すぎるので、もっと安くて楽しめる所はないかと聞いたら、少し離れているが$9アフタヌーン・ティーを教えてくれた。

あとで聞いた話だが、エムプレスHotelのは長い待ち時間で、パサついたサンドイッチやぬるいお茶で値段だけが高級だということだ。それに比べると、教えてくれたJame’s-roomのは本当に美味しかったし、地元の人達が楽しんでいた本当のアフタヌーン・ティーだったと思う。
そこへ行くには州議事堂を通り過ぎ、数本の通りを越えて、途中蚤の市が開かれているのを見物したりして、
クジラウオッチングまで時間があるのでのんびり風景を楽しみながらたどり着いた。
愛想のいいお店の美人が窓際の席を案内してくれた。いかにも英国風な上品なお揃いの
ポットカップに熱い紅茶、ビスケット風のパン菓子にたっぷりの生クリームが添えられ、それにサンドイッチ、とボリュームたっぷりで、空腹だったお腹がいっぺんに満腹になった。

ウエイトレスと思っていた美人はどうやら店の女主人らしく、私はついこの優雅な雰囲気を残しておきたいと写真を頼んだら気持ちよく応じてくれた。

    
 先ずは市内散策

   
 James room アフターヌーン・テイー    蚤の市          エムプレスホテル 

店を出て、気持ちよい海からの風を感じながら、クジラウオッチングの集合場所までもと来た道を引き返した。

受付を済ませ、防寒と防水のための分厚いだぶだぶの上下が用意された。この晴れ渡った暑い日差しの中でとても着れたものではないと思っていたが、それはやがて海に向かったとき直ぐに納得した。

艇はゴムboatでなく、50人くらいを乗せた比較的安定感のあるものだったが、沖へ出るほどにスピードを増し、大きな波のうねりに身体が椅子から放り上げられて宙に浮き、ものすごい波しぶきが頭から襲ってきた。前から3列目に位置していた私は前二人を盾に、かなりましな方だったが、それでも全身が水浸し状態。海風を受けて寒さも尋常ではない。せっかくのカメラも濡れるので出すに出せない。30分もすると船酔者が続出。幸い私は全く平気で、面白くて興奮気味で、むしろ鯨など見られなくても船のこのものすごさだけで満足だとさえ思った。

沖へ出ること約1時間半。もう太平洋のど真ん中にまで来たのではと思うほど、周りに全く陸が見えないところで、艇は止まり、見ると同じような艇が数隻波間に小さく漂っている。突然合図の音。鯨が出たのだ。指差す方を見ると、わずかに黒い背中が一瞬波間に見え、船中がどよめいた。再び背中が現れ、距離を置いて鯨の進行と平行に艇はゆっくりと追う。鯨は呼吸に合わせて数度現れたが、例の最後に水面に尾を叩き付ける泳ぎ方はしなかった。それでも鯨を見たという満足感が充満した。帰りはゆっくり静かに艇は進み、途中アザラシなども見ながらたっぷり往復3時間余りをかけて港に戻った。終ってみるとまさしくエキサイテイングだったと満足。

   
 Whale watchingの50人乗りボート               途中アザラシがいっぱい居た  

海側から見るEmpress-Hotelや州議事堂は夕日の中、特別美しかった。
さすがに疲れを感じながら、一刻も早くYHに入りたいと地図を見ると、ほんの5分ほどのところにある。

チェックインを済ませ、2階へ上がると、20名は悠に入れる大部屋だった。私は上段ベッドに当り、少し不便かと思ったが、これが夜はとても涼しい風が入り快適だった。ただ、夜遅くまであるいは明け方までだったかもしれないが、窓下の道路で若者達が飲み・騒ぎ、うるさいことこの上なし。バンクーバーとはシャワー室・キッチン・団欒室などすべて一味違う、しかもきれいに整ったビクトリアYHであった。

 

2002年9月15日(日)

翌朝、コーヒーが欲しくて一番に町に買いに出た。街角にスターバックスの店があり、$1.25を払って道々飲みながらYHに戻り、食堂に行くとなんと「Free」と書いて、テーブルにパンとバター・ジャムが並べてある。キッチンの中にはホットコーヒーも用意してあるではないか。わずか$17.25の宿泊料なのになんと朝食付きとは・・・。買ってしまったコーヒーが恨めしい。身支度し、1泊だけのチェックアウトをした。昨日のinへ寄ったがまだ開いていず、1日バス券$5を買えないまま時間に追われるようにバスに乗りブッチャートガーデンへ向かった。

丁度隣の席に乗り合わせた日本人の女の子と仲良くなり、後から乗り込んできた彼女の友達と3人でご一緒させてもらう。

庭は聞きしに勝る美しさ・・・と言おうか、ここが元石切り場の採掘跡とは誰が想像できるだろうか。若い2人が地図を確認して歩くので私はただ付いて行くだけで良い。連れが居ると言うことはなんて気楽なのだろう。

それに写真もお互いに撮り合えるので都合がいい。トイレに行く時に荷物を預けられるのが何よりも便利。やはり外国旅行は連れが必要かもしれないと今更ながら痛感する。

コースの終わりにギフトセンターがあり、薦められて「The Butchart Gardens」と名入りの花の栞を5枚買った。

   
 ブッチャート・ガーデン
    
 翌・日曜 ブッチャートガーデン

昼過ぎもっと他も見て回りたいからと、彼女達と別れてひとりダウンタウンへ戻ろうとバス停へ向かったが、行き過ぎて戻ろうとするところへタクシーが止まり、バス停を教えるからとにかく車に乗れと言われ(私にはそう聞こえたのだが?)そのままダウンタウンまで行かれそうになり、必死で「I have no money!」と叫び、角でちょっと止まった時にすかさずドアーを開け飛び出した。降りる時に強く額を打ち、触るとたんこぶがふくらんでいた。

ほんの少し走っただけだったので、歩いて戻りバスを待っていると、今度は50代の日本人女性が不安そうに話しかけてきた。彼女も一人旅らしく、(では)、とまたご一緒することになった。彼女は3時のバスで帰る予定だというので、Oak-Bayに行くことにした。が、Oak-Bay行きのバス乗り場を探すのが一苦労。何人もの人に聞いてやっと見つけたが、今度はバス代$1.75の小銭を作るため、先に7イレブンでアイスクリームを買いおばさん2人で道々アイスを舐めて歩いた。それにしてもバス代でおつりが出ないというのは日本人には馴染めないシステムだ。それに$1.75なんて半端さはおつりが出ないことを利用した策略ではないだろうか?

Oak-Bayは静かな海辺だが取り立てて言うほどの所ではない。ゆっくりと時間が流れ、周囲の豪邸を見て歩く。彼女は建築に興味があり、家々を見ているうちに私もつられて楽しんでいた。しかし私はまだ大英博物館・Royal British Columbia Museumを見てなくて、これだけはぜひとも見ておきたく、結局彼女と別れて大急ぎで博物館に入った。学生割引が効いて$7で入れたのはラッキーだった。

中は通り一遍の展示があり、なんとなく冷めた気分で中世の英国風な歴史的陳列を辿るうちに、本物の自然を再現してあったり、土着民の生活・トーテンポールに込められた熱い思いなどが自然に押し寄せてきて、いつの間にか私はカナダの開拓時代にタイムスリップしてしまっていた。見るものすべてが私の胸を打ち、finaleの大トーテンポールの林立は完全に私の脳を占領していた。まるで別世界から帰ってきたように博物館から出た私はしばらく海風に当りながら、高鳴る興奮を鎮めていた。

帰りのバスは5時。隣の州議事堂では整列した軍隊のデモンストレーションが行われ大勢の見物人が押し寄せている。私は少しだけ覘き、23写真を撮って、時間がないのであわててバスに乗り込んだ。

一日中フル活動で疲れきり、バス・フェリーと死んだように眠り、気が付くとバスはダウンタウンのバラードSt.を走っていた。グランビルのホテル前で降り、きらめく夜の街を興奮で膨らんだ風船のような心で、ぶらぶら歩いてYHに戻った。

    
 Oak-Bayのほとり        大英博物館 迫力がすごい          州議事堂前のデモンストレーション
 

 
 200216日(月)

8:30起床→片付け→10:15YH10:45学校→2時限class4名→昼からclass変更→17:00YH

今日は1時限目は荷物整理のためcut-classする。

昼休みDebla先生がウイスラー山を登ってきたという話を聞き、今週中に絶対行くぞと思う。でも、早や最終となった今週は何かと忙しいのだ。洗濯・荷物の整理・小リュック1つ日本へ郵送・そのためのダンボール探し・木曜日には予約の再確認(reconfirm)等々。しかしもう終盤だとはなんと時間の経つのは早いことか!



2002
17日(火)

7:15起床→8:30YH8:55学校→12:00から12:50パソコン→授業→16:00から16:45パソコン→18:00YH

今週に入り何かが違ってきた。学校が少し面白くなってきたような。前の人がいなくなり新しい人達が入ってきて、雰囲気が変わってきたのだ。先生とのコミュニケーションも少しづつ取れてきたというか、でも明日はウイイスラー へ行くことに決めたのだ。先週なら1日くらい休んでも全然もったいないとは思わなかったろうに。

昼からの授業も昨日のクラス変更のおかげでずいぶん面白かった。やっぱりもっと早くに変更するべきだったかも。そしたら案外学校生活も楽しかったのかも・・・。

無料パソコンの時間が残っているので昼休み・放課後と目いっぱいメールする。来週トロントへの旅行が始まるともうメールどころではないと思われるので。

夕方、YHで食事を作っていると、カナダ移住のための家探しに来たという日本人男性がいて、一緒に食事した。かなりのインテリ人らしく、久しぶりに中身濃い会話を楽しんだ。



200218日(水)

5:30起床→⑥バス6:48Main8:0010:30Whistler-village→ゴンドラ山上駅11:00→小ピーク→中ピーク→12:30ロングコース→ゴンドラ15:1515:40Whistler-village→散策→バス17:1519:00down-town19:30YH

今日は学校を休んでWhistler山へ行く。朝一のバスはVictoriaの時で経験済み。ただし今回はGreyhound-Bus

学割が効いてluckyターミナル内のマクドナルドでコーヒーを買いバスを待つ。車はダウンタウンを通りHorseshoe-bayを通って湖沿いに北上する。どこまでも良い景色。しかし天気はいまいち。ウイスラー村に着くと想像以上に寒くて驚いた。下からハイクしたいと思っていたが、informationで無理だと言われた。仕方なくゴンドラ券$23を買う。残念だったが、実際にかなりの距離と標高差があったのを知り正解だったと納得。

山頂での散策コースも全部回ると5~6時間かかると言われ、たまたま見つけた日本人ガイドも同じように、回りきれないよと言うので、バスの時間を考え、行ける所まで行って引き返すことにする。

この山頂一帯、冬はカナダ一番のスキー場というだけにスケールが大きく、格好のスロープが際限なく広がっている。まず手始めに直ぐ前方の小ピークを目指す。雪が付くとすばらしいスロープだろうが、今は岩がゴロゴロの火山のよう。
特に道は決まっていず,どこからでも登っていける。観光客はたくさんいるが、正規の歩道を歩く人がほとんどで、ピークにチャレンジする人はいない。私は目の前に岩山を見たら見過ごせない人だから、早速踏み込んだ。
直ぐそこと思っていたのにいざ登ると結構あるものだ。でもそんなことはへっちゃら。ピークと思しき所まで行くとまた先にピークがある。
そのうち警告札が立てられて「
stop」表示がでてきた。見るとこの直ぐ先に道が見える。引返して行くとずいぶん遠回りなので、そのまま無視して岩を伝い前へ進む。が、さすがに岩が険しくなり、一瞬戻ろうかと迷ったが、こんなくらいしょっちゅう経験しているわと強気で這いつくばるようにして岩を超える。
遥か下を観光客達がのんびり歩くのが見える。ふと、「何で私は無理やりこんな危険に自分を追い込むのだろう?」と自問してしまう。しかし乗り越えてしまうとこれがまた何とも言えない快感なのだ。人とは違う自分だけの体験・・・。そう意義はそこにあるのだ。

多少の汗をかいて難所を越えると、1枚上着を脱ぎ、そばの人に写真を撮ってと依頼する。「Sure!」と気持ちのいい返事が返ってくる。しばらく歩いて場所を確認しようとして地図をどこかで落としたのに気づく。向こうから戻ってくる二人連れに聞くと、自分達の地図をもう要らないからと私にくれた。

空腹になり、持参のサンドイッチを食べながら、時々双眼鏡を覗きながら、どんどん上り詰める。前後にほとんど人は無く、ガスって見えにくくなる。しかし道ははっきりした1本道なので迷うことは無いが、去年の根雪にすっぽり覆われた山々が幾重にも迫り、どんどん深くなる。さすがにこのまま進むと帰りの時間に間に合わないのではと不安になり、閉鎖のcottage(山小屋)を過ぎたところで引き返すことにした。下りになると急に気が楽になり、足も軽いので、あっという間にガスを抜けた。とたんに双眼鏡を失くしたのに気づいた。安物で旅行用に買ったものだから諦めてもいいのだが、後10日後のトロントまでの旅行を終えるまで持っていたかった・・・。

丁度これから行こうとしているカップル「とすれ違ったので、途中に双眼鏡の落し物を見なかったかと訊ねたが、勿論Noといわれた。仕方なく気を取り直して行くと、ロープで立ち入りを禁じている所があり、その先を見たくて、ちょっとだけ入ってみようと踏み込んでみる。おそらくスキーシーズンなら自由自在に滑りまくれるのだろうと想像しながら、いつか自分が滑っている姿を思い浮かべる。岩ばかりのガレ場で高山植物らしきものも無く、このまま先に行けないかと調べたが断崖絶壁になって行けそうに無い。もとのロープのところに戻り、ずいぶんと時間のロスだったなと苦笑していたら、先程のカップルが戻ってくるのが見えた。なにやらしきりに手を振っているのでどうしたのかと不審に思い、近づくのを待っていたら、「You’re lucky!」と言っている。彼らも私と同じ所まで行ったらしく、引き返す直前で路上に落ちている双眼鏡を見つけたと言う。そう言えば、あそこで荷物を置き,セーターを着なおしたっけ?その時に置き去りにしたのかも・・・。とにかく良かった。

私は二人に何度も「Thank you」を繰り返し、お礼に折鶴と5円玉をあげた。5円は「ご縁」を意味するのでもう一度逢いたいと思う人にあげるといつかきっと会えるのだと、何とか英語で伝えた。二人はとても喜んで受け取ってくれた。

    

   

帰りのゴンドラ乗り場まで小さな湖の方を覗いたが、人気が無く静か過ぎて少し気味悪く、こんな所で誰かに会うと返って怖いくらいだ。早々に戻り、ゴンドラで下へ降りた。

バスの時間まで1時間余、村を散策。ここウイスラーはWhistler Mt.Blackcomb Mt.の2ヶ所のスキー場があり、両山の麓がとなっている。ほとんどがスキー客・観光客の宿泊関係でhotel・民宿また、飲食店・みやげ物店などが建て込んでいる。が、少し足を伸ばすととてもきれいな村が静かに息づいている。私は賑やかな観光地には興味なく、余り知られていないひっそりとした場所が好きだ。Blackcomb方面は閑散としていた。スキーリフトが止められ、静かに川が流れている。やって来た二人ずれの外人に橋の上で川と山を背景に写真を撮ってもらった。いつか今度はskiで来てみたい。

   
 ウイスラー村                        Blackcomb 


2002年9月19日
(木)

今日で学校は終わりだ。授業が終るたびにクラスの先生やクラスメートと一緒に写真を撮り合う。特に感慨はない。もう少し長く居れば或いはもっと感じるものがあるかもしれないが、結局不完全燃焼のまま終った。

9月も後半に入るとさすがに秋の気配となり、急速に寒さがやってきそうだ。天気も曇りがちで、これまでの暑さと明るさがうそのよう。

授業後近くのAir-Canadaの事務所に予約確認に行ったが事務所は無く、すでに他の会社に変わっていた。あとは電話でするしかない、憂鬱だ。

OKショップを覘きお土産を買おうかと思ったが、これから本番の旅行で、荷物になるから止めた。

YHでの宿泊も今日と明日のみ。外食は1回もしてないから今日は前から行こうと思っていた「さむらい」の鮭どんぶりを食べに行く。YHから直ぐ、23分のところにある。狭い小さなすし店だが、久しぶりに食べるお寿司はほんとに美味しい。ジャンボな鮭ネタが10切位、丼から溢れんばかりに乗せられて、ワサビと醤油の香りがツンと鼻にくる。
カナダに来てから食べ物には馴染めず、毎日パンと野菜果物ばかり食べていたので、この鮭の寿司丼は最高だった。こんなことなら週に23度来れば良かった。食べきれないかと思いきや全部平らげて自身驚いた。これで$10(日本円で800円位)は安い。

YHのロビーの電話で予約確認をしたが電話がつながらない。仕方なくYHのスタッフに頼んだら、カードでも先に25セント入れ、話し終わって受話器を置いたら戻ってくる仕組みだと分かった。ナーンだ、バカみたい。

    
 クラス担当の先生             クラスメート達と



2002
20日(金)

7:30起床→YH9:0010:30Lion’s Gate橋下→11:00free busEnglish bay12:00YH13:00洗濯・乾燥→14:30外出→18:00外食→18:30YH

今日はバンクーバー最後の日。最初から学校は休んで荷物の整理に当てるつもりが、昨夜YHの食堂で日記を書いている時に、日本人の女の子と話しているうちに、今朝一番joggingの約束をしてしまった。
今回の目的の一つに毎朝の
jogをかかげていながら一度も果たしてなかったので、私は最後の日に一度でも走れるのは願ってもない事。というわけで、今朝9時にlobbyで待ち合わせると、彼女の友達一人が加わって計3人で勢い良く走り出した。
先ず
English-bayに出て海岸沿いにスタンレ-パークへと向かう。
私はスパッツ姿。体がシャキッとする感じ。小畠真理恵さんと友達の小島智美さんはジャージ姿。真理恵は前から少し走っていたらしく足が軽い。しかし智美はいきなり誘われたらしく、普段走ってない人にはきつい筈。だが彼女頑張っている。
時々写真を撮り合いながら道行く人に「
Hi!」と声をかけてゆく。天気は上々、きれいに晴れ渡った海の景色を眺めて気持ちよい汗をかく。
次第に智美の様子が苦しそうになり、彼女の限界宣言あり。予定では
1時間から1:30で終る筈がこれでは昼までかかりそう。ま、仕方ないか・・・。3人で歩き出し、私がライオンズゲ-ト橋を渡ったことがあると言ったら、ぜひ歩いてみたいというので、今度は西回りで行く。前回と同様途中で中の道に入るのを忘れ、結局遠回りすることになってしまった。橋を渡り終え、Prospect-pointアイスクリームを3人で食べた(私のおごり)。彼女達は大喜びで、カナダCanadaに来て初めて楽しい思い出が出来たとしきりにお礼を言う。正直夕べの真理恵の様子はかなり落ち込んでいて、私が彼女の母親とダブって見えてたようだった。

ここで私は時間が無いのでと2人と別れて、走り足らなかった分を取り返すようにずうっとジョグで帰った。

YHに戻って大急ぎでシャワーを浴び、洗濯物にかかった。これまで一度も洗濯をせず、下着などは手洗いで済ませていたが、明日からのトロントまでの旅に備えて全部きれいに洗っておきたかった。同室の人からもらった残り物の洗剤が間に合った。今度旅行する時は洗剤も用意しなければいけないのだ。

乾燥は約1時間、その間に荷物整理をする。小さい方のリュックを日本に返送するつもりだったが、食べ物など消費して空いた分お土産を入れるスペースが必要と気づき、郵便局の手続きも面倒そうだしと、結局持って歩くことにした。

乾燥機の衣類も片付け、一段落したので、カナダガイダンスへ最後のお礼に出かけたが5時を過ぎていた精か閉まっていた。それでは何処かで外食をと近くを物色したが、日本でも一人でレストランには入れない性格だから知らないところでは尚大変で、迷った挙句、いろんな野菜を大盛りのサラダにしたのを注文し、黙々と食べて出てきた。$5.88なり。高いのか安いのか良く分からない。

最後の夜、これからの旅行用に、何人もの人にお世話になるだろうと、食堂で御礼にあげる折鶴折りをしていると、隣のテーブルでスペイン系の若い女性がじっと見ている。「Would you like to try?」と聞いてみる。彼女は恥ずかしそうに笑ったが、欲しそうだったので、折り紙を渡して最初から一緒に折ってみた。やはり難しそうで、きちんと折り目をつけるコツが分からないようだ。何とか手伝って完成し、私が折ったのも差し上げたら、とても嬉しそうになにやら言っていた。もっと早くこんな風にやってればたくさんの外人と友達になれたかもしれなかったのになあ・・・。

    
 今日はユースの仲間と3人でEnglish-bayを走るぞ!          Lion’s gate橋ももう一度    


2002年9月21日(土)

5:30起床→6:47Parkhill-Hotel7:10空港8:30(時差1時間)11:00Edmonnton12:30Downtown13:3017:58Jasper

いよいよ今日から10日間の旅が始まる。一体どんな旅になるのか、無事終えることが出来るのか、まるで分からない。とにかく賽は投げられた・・・。

朝、時刻どおりにパークヒルHotelの前で空港行きのシャトルバスを待つ。日本を発つときにも緊張したように、飛行機の乗り方にまだ慣れていない所為か、不安が先走る。
空港での手続きは自動機でするようになっていたが
カードを入れたら、とたんにエラーの音が出た。すかさず係員が来て、別のカードを出せと言うのでJCBカードを見せた。あとは係員が手際よく入力してくれてOK??? チケットの購入をJCBカードでしたからか・・・。

ともかく無事に搭乗できたらあとは勝手に今日の目的地エドモントンに着く。隣の席のカナダ人が時々上空から見下ろしたカナダについて説明してくれた。抜けるような青空だったり、雲に覆われて何も見えなかったり、様々な下界が展開されて楽しい。「これがカナダなんだ!」とわくわくする。

カナデイアンロッキーの上空を通過する間は目に焼き付けておこうと息を凝らして見ていた。厚い雲の中から真っ白な雪山がいくつか顔を出して威厳を示している。南北に蛇行する川がジャスパーからバンフへと走る渓谷か。

日本でいやと言うほど調べてきたカナデイアンロッキーが今、眼下に広がっているのだ。

やがて空港に到着。今日はエドモントンの町を散策して、ダウンタウンYHで宿泊する予定だったが、機上からカナデイアンロッキーを見るうちに今日のうちにジャスパーへ行っておきたくなり、予定変更を決める。

先ずinformationで空港から直接ジャスパーへ行くバス便を調べたが、一度ダウンタウンへ出てから改めてジャスパー行きに乗らないとダメと言われた。
仕方なくダウンタウン
までのシャトルバスのチケット$13を買い、今日宿泊予定のYHキャンセルの電話を入れた。
キャンセル料
が要るかと訊ねたらNoという返事だった。
続いて
ジャスパーYHに今晩の申込みをしたが、「full」と言う単語が聞き取れた。満員なんだ・・・と一瞬予想外だったが、「ならB&Bがあるさ」 と思った。現地手配で一度や二度はB&Bに泊まりたいと思っていたので丁度いいとも思った。

この間空港内を行ったり来たり、初めての私に「air-staff」のバッチを付けた若い男女が親切に案内してくれた。「この調子なら大丈夫やって行けそう」とこれから先の旅行に対し少し安堵感。

ダウンタウン行きのシャトルバスに乗り込み、素通りになってしまうエドモントンの町を少しでもたくさん見ておこうと熱心に窓外に眼をやっていたら、隣の老人が話しかけてきた。お決まりの何処から?何処の国?年齢は?などと話すうちに「ホテルランチをご馳走しよう」と言ってくれた。一瞬ラッキーと思ったが、直ぐに「ホテルlは気になるし、万が一彼の分も払わされたら大変だ」と思い、時間がないし、軽くハンバーガーがいいと返事した。ファーストフードなら二人分払わされても知れている。

ダウンタウンに着いたらさすがにジャスパー行きバスチケットの購入・ハンバーガーの店への案内とエスコートしてくれ、おまけに時差の関係でバスの時刻を1時間間違えているのも教えられ、大助かり。

私が腹ペコでハンバーガーにかぶりついていると、彼は今日の宿を紹介すると言ってくれ、席を立って電話をしに行った。その間、カード・現金などが入った財布を開いたままテーブルの上に置きっぱなし。???既に何件か盗難に会った人を見ているのに、自国の人がこんなに不用心とは・・・。私は気が気でなく、そっと財布を彼の置いていった書類の下に隠した。万が一彼の居ない間に盗まれたら私の責任にされるかと怖かった。

そんな私の心配をよそに、戻ってきた彼は私にアドレスとTEL-№を書いたメモをくれた。ジャスパーへ行ったらここへ電話したら泊まれるよう手配してあるからと言う。私がお礼を言うと、すかさず彼は$58といって手を出した。今、あなたに払うのか?と聞いたら、そうだと頷いた。私はとっさに危ないと思った。「実際に部屋を見て気に入ったらその時払う。それで良いか?」と聞き直したら、彼は躊躇無くOKと言った。(教訓1.お金は現物と引換えに払うべき。)

私は有難くメモだけ頂き、彼にハンバーガーをおごってもらい、残ったコーヒーは彼が紙コップに入れ替えてくれ、バスの出発まで見送ってくれた。

一体彼は本当に親切な人だったのか? バスが動き出してからも私は一連の出来事を反復していた。

広々とした草原、のどかな田舎道、バスは気の遠くなるような距離を着実に走っていた。時々メインステーションでトイレ休憩があり、ついでにコーヒーを買ったり、スナック菓子を買ってバスの中で食べる人もいる。とにかく延々5時間の旅なのだ。

やがて陽が斜めになりだしたらいよいよ今晩の宿泊のことが気になりだした。

陽は何時頃沈むのか?明るいうちに着くのか?information6時で閉まったらB&Bの紹介を受けられなくなる・・・、どうしよう。不安がつのり、お昼のメモを取り出してもう一度良く見る。宛てにして良いのか・・・。

おかしい!私の持っているジャスパーYHの電話と州の番号が違う。このアドレスはどの辺りの番号だろうか
色んな疑問が出てきて、近くの席の人にメモを見せて聞いた。結局分かったのは、
TEL-No、アドレスからエドモントンのモーテルだというのだ。何ということ、やっぱり私は騙されかけてたのか?

早くジャスパーに着いて欲しかった。お手洗いにも行きたくなっていた。

やっと到着して、informationに飛び込んだ。ほとんど6時だった。まだ大勢の人が順番を待っていた。私は間に合ったと安心し、先にトイレを済ましに近くのホテルに入った。戻ってくると何と、「closed」の札が揺れていた。扉は閉まっている。私は唖然とし、扉の前に突っ立ってしまった。

突然、扉の横に座っていた若い男性が話しかけてきた。B&Bを探しているというと、私にメモを差し出し、電話をしろという。私は藁をも掴む思いでお礼をいい、さっきのホテルの公衆電話から掛けてみた。

相手はいきなり日本人か?と訊ね、いくらなら出せるか?と聞いてきた。私は一瞬いやな感じがしたが、今はそれどころではないと、かねてからB&Bなら$50位と思っていたのでそう言うと、OKという返事。ここから10分の場所でAspen Ave.だと言う。Informationで地図は取っていたので確認しながら荷物を引きずって、思った以上に時間がかかって探し宛てたが、誰も居ない。たまたま、お隣さんが出てきたので訊ねたが要領を得ない返事。うまく聞き取れないのだ。

仕方なく思い切って入っていくと、入口に張り紙がしてある。「Please come into the house.」「どうぞお入り下さい」そして「勝手に2階に上がり、どの部屋を選んでもいい。階下のキッチンや風呂は自由にお使い下さい」と言う意味のことが書いてある。閑静な住宅街、まだ築後浅いきれいな家、ひと並びの一番奥に位置し向う隣は公園、夕暮の涼風、いかにも上品でカナダらしさが漂っているが、無人の家・・・。2階の一室に入り、疲れと共にベッドにどっかり腰掛けてしばらくじっと耳を澄ませてみる。5分経過。暗い部屋に気づき電気をつける。ドアの鍵は?と探すと外側にある。が、内側には鍵穴が無い!??? 10分経過。静寂のみ。・・・こわぁーい!

私はしゃにむに荷物を持ち、家を飛び出した。さっきのお隣さんに飛び込み、事情を話し、どこか泊まれるところが無いか尋ねた。幸い知り合いに電話してくれ、近くで泊めてくれるところを紹介してくれた。先方は$60でと言っていると言われ、私はとっさに$50しか持ってないと値切った。この非常事態に良くぞ値切るかな、と我ながらあきれてしまう。(教訓2.何でも一度は値切ってみること。)

結局$50で話が付き、ほんの5分ほど離れた家に案内された。今度は地下にある部屋で、やはり豪華なWベッド・きれいなバスルームと洗面所・広いキッチンにはテレビとソファもある。朝食は出ないが、備え付けのcoffee/teaはご自由にという。要するにこの家の地下を一人で占領できるのだ。階上にはこの家の人が生活しているのでとにかく安心。やっとひと心地付き、私は紅茶を入れ、持っていたクッキーを夕飯代わりにし、シャワーを浴びて倒れるように眠り込んだ。

    エドモントン~ジャスパーへ、長距離バスで移動した



2002
22日(日)

8:00起床→9:10information→銀行ATM出金→museumB&B10:30Patricia-Lake hiking→迷う→hitch-hike14:10伝次郎にて昼食14:30Park-Lodge Beauvert-Lake18:00downtown買物→19:00B&B

朝気持ちよく目覚めて、昨夜と同じクッキーとコーヒーで朝食後、もう1泊お願いするかも知れないと言い置いて、部屋を出た。昨夜はどんなところを紹介されるか分からず、とりあえず1泊だけを頼んでいたが、これならもう1泊してもいいと思ったし、また別のところへ移るのも億劫だった。代金は先払いで、昨夜の$50でもう現金はなかったので、先ずinの近くにあったATM$200を引き出した。他の2人の外人に注意しながら、現金を財布に入れた。郵便局visaカードは普通に預金引出しが出来てとても便利だ。念のためYHに宿泊を確認したら今日も満員だと言われた。これで宿泊の件は決まり。

inへ寄り、明日のジャスパーレークルイーズバスツアーの申込みをしたら、ミューゼアムへ行けと言われた。ここでもYH割引で安くチケットtを買えた。Lucky!あとは小さなに寄りサンドイッチを買い、10時までに今日の宿泊を決める約束だったので、大急ぎB&Bへ戻った。

昨夜から碌なものを食べてないので、もう一度キッチンサンドイッチを食べ、再び今日の予定のピラミッド湖パトリシア湖へのハイキングに出かけた。

昨日からウロウロしていたので辺りの道を覚えてしまい、直ぐにハイキング道は見つかった。サイクリンググループが格好良く走り抜けていく。「いいなぁ私も自転車にすれば良かった・・・。」と思いつつ、どんどん歩く。

10m
毎に「熊に注意!」と立て札がある。Inでさんざん注意されていたので、ほんとにそこらに居そうな感じ。
やがて車数台を置ける
ポイントに到着。丁度ファミリーが車から出て歩き出すところだった。小さな男の子と女の子・それに若い両親だ。
父親が詳しい地図を見ている。私は
inでもらった簡単な観光地図のみ。お決まりの観光より少し自然を楽しみたいので最初からハイキング道を行くつもりだが、聞くとしばらくは彼らと同じ道を行くことになる。
他には誰も居ないので心強い。しかし彼らは子供連れで
スピードが遅い。つい早く行き過ぎて、姿が見えなくなる。小さな分岐に出ると、ここが分かれ道かと迷う。標識がない。仕方なく彼らを待つ。もっと先だと言う。また先に行く。
こんな風に繰り返してやっと標識のあるはっきりとした分岐に出た。
私はお礼に折鶴と
5円玉を一つずつ子供たちに渡し、記念に一緒に写真を撮ってもらった。ファミリーは大喜びで、これから先のコースについても詳しく教えてくれて、それぞれに別れた。

この分岐まででも思った以上、ほゞ1時間かかり、しかも想像以上に深い森だと、少々不安があった。が、ここまで来たら引き返すわけにいかない。とにかくコースNo⑥を忠実に辿ればよいのだと言い聞かせた。
⑥とは道の要所に簡単な標識があり、
コースを番号で示してある。そして道沿いの所々の木の幹に番号がつけられて、同じ番号の方へ行けという印なのだ。
しっかりとした地図もなく、観光地と侮りすぎたのは否めないがまあ何とかなるだろうと思った。案の定彼らと別れてすぐに逆方向から来る
1人に出会った。挨拶がてら、もう一度道を確認する。間違いない。案ずるより生むが安しだ、と強気になる。
しかし後にも先にも人に出会ったのはこの時だけだった。

まもなく目的のパトリシア湖が見えた。やったぁ!森の奥に突然現れた湖・・・。嬉しくて、出来るだけ神秘な雰囲気が出るような写真を撮りたいと意気込んだ。

しばらくは湖岸沿いに歩く。直ぐに前方に白い建物。近くで車が走るのが見える。緊張の連続だった私はひとまずホッとした。道端に生々しい糞があり、熊に出くわすのではないかとヒヤヒヤし通しだったのだ。

しかしコース⑥は直前で右に折れている。私はとにかくファミリーと出会ったあの駐車場に戻るべく、⑥を忠実に行く。でも変だ?どうもk-スは更に森の奥深く入っていく。車の音は遠ざかり森閑とした木の揺れる音のみ。もう少し行くと突然あの開けた場所へ出るのだろうと期待して30分ほど突き進んだが、やはり・・・おかしい・・・?歩きながら地形を見ていたがどう見ても車道に出る方向ではない。

戻ろう、あの分岐まで引き返そう!急に不安と疲れが一緒になって、鼓動が速くなるのを感じた。足は大丈夫かと自問した。これくらい平気、だと思った。進む時以上に戻る時は要注意。来た道を忠実に戻らないと、間違えばその時こそほんとに迷い込むことになる。慎重に歩いた。熊のことが頭から放れなかった。人間が居るぞということを知らせながら歩くのが良いと聞いていたので、私は大声で歌を歌いながら歩いた。決して食べながら歩かない。食べ物の匂いに動物は寄って来るのだ。

30分が1時間も2時間にも思えた。最後のところでどう間違えたのか初めの分岐に出ずにひょっこり車道に出たときは驚いた。あのファミリーとの駐車場はどの辺なのかまるで分からないが、先ずはひと安心。

1台の車を止めてダウンタウンの方角を聞くと思っていたのと反対だった。2台目の車を止めると、女性2人が乗っていたので、事情を話しダウンタウンまで送って欲しいといったら、快く承知してくれた。道端の糞で汚れた靴が気になったが、「かまわない」と言ってくれた。私はまた折鶴と5円玉を二人に差し上げて、意味を説明したら大喜びしてくれ、握手をして別れた。

とんでもないハプニングの所為で結局ピラミッド湖には行けなかったが、私は十分満足だった。それよりもお腹がペコペコ。先に目を付けていた日本食の店(伝次郎)に行き、カレーを注文した。サラダが付き$7也。

久しぶりのカレーは美味しかった。時刻は午後2時半、中途半端な時間になったが、ジャスパーPark-Lodgeなら近くて丁度良いので、ぶらぶら歩くことにする。
午前の湖とは鉄道をはさんで反対側へ、踏切を越える。折りしも端から端が見えないほど長い貨物列車が通過中。余りの長さに貨物列車を
backに写真を1枚、側の人に依頼する。
辺りを見回すと、
カナデイアンロッキーの山々が間近に聳えている。氷河時代から息づいている山々だと思うだけで畏敬の念が湧いてくる。

Park-Lodgeへの道は広い自動車道を横切り、地図の番号どおりに行けば自然に公園の中に入っていく。何組かのグループが前後しているので安心。しかし改めて外人の足の速さに驚く。コンパスの差だけでは無さそう。

途中でハッとするほど鮮やかな水の色を湛えた川を横切った。少し傾きかけた陽光に輝いて、エメラルドグリーンの光の帯が静かに流れ、その先に秘密の湖が隠れていた。眼も眩むほど明るい!

これがカナダなんだ・・・、これがジャスパーなんだ!

やがて、Beauvert-Lakeの入口手前でなにやら騒々しいと覘いてみたら、10m先にでっかいエルクが数匹。

エルクとは鹿の大きい種で、興奮すると角で一刺し、非常に危険だそうだ。しばらく見取れていたが、写真を撮り先へ進む。湖は真ん中がくびれて2個あるように見える。とにかく周囲を一周しようと歩き出したが、意外に距離があり1時間半以上かかった。朝から歩き詰めの足はもう限界。湖岸沿いにログハウスコテージなどレジャー施設が並び、ボート乗り場などもあった。かなり大きな水鳥がたくさん泳いでいた。

帰りにスーパーで野菜サラダを一袋買い、マクドナルドでハンガーバーを買って宿へ戻った。

    
 Pyramid-Lakeハイキング途中出会ったファミリー                昨日お世話になるはずだったInformation              
 
    
 踏切で長~い貨物列車を待つ間                              




2002年9月23日(月)

:30起床→7:30B&B8:00busデポ→Canadian-Rocky観光tour5:15Lake-LouiseYH→就寝

一昨夜は夜中に何度も目を覚ましたが、昨夜はぐっすり、目覚ましで起こされた。階上のownerに挨拶し、ついでに昨日のhunger-barの残りをmicrowave(電子)-(-)oven(レンジ)で温めてもらおうとお願いしたらovenは自由に使えと言われた。土足のままでじゅうたんの上を歩きovenを使ったが、家の人がスリッパで歩いているところを土足で歩くのは違和感があった。しかしこれはごく当たり前のことなのだが・・・。

別れ際に「You were a good lady.」と言ってくれた時は何故かほっとした。

バスデポに行くと、日本人の若い女性2人連れと母娘連れの2組がいた。私は独りだと告げ、道中仲良くしてくれるように頼んだ。今までいつも一人旅だったのでマイペースで行けたけど、今日は団体行動だから、皆と統一行動をしなければならない。しかし指示の内容を理解できなかったら迷惑を掛けたり、置いてきぼりになることもあり得る。それを思うと一人旅より余程緊張する。女性2人連れが気持ちよく「ご一緒しましょう」と言ってくれたので助かった。

バスが出発してすぐ、鉄道を越えて広い道の側で森の中から熊の子供がでてきた。真っ黒な毛の子供熊だ!皆口々に「Bear Bear!」と大騒ぎ。一瞬のことで写真に撮り損ねたが、(やっぱり居るんだ・・・)と改めて昨日の山の中を思い出していた。

カナダではバスの運転士がガイドも兼ねている。マイクロフォンを使い、ゆっくりとかなりクリアーな英語なのだが、悲しいかな私にはほとんどわからない。やたら「glacier・グレーシャー」という言葉が出てくるのだが、辞書で調べればいいのに面倒くさく、分からないまま、聞き流していた。後で「氷河」だと分かったが、氷河について何を説明していたのかが又分からない。

後で2人連れの彼女達によると、どうやら氷河がずれ落ちていく時に削れた氷の粉が湖に舞い落ち、それが湖の色を目も覚めるようなエメラルドグリーンに仕立てあげたのだということである。

やがて何やら込み入った案内を始めた。どうやらこの先で降りスノーコーチに乗り換えるらしいことは分かった。
大事なのは
バスに戻る時間だと耳を済ませたら、11時だの、12時半だのと色々聞こえる。バスの待機場所も変わるような・・・?そして皆が降り始めた。(ま、いいや、降りしなにもう一度きちんと聞こう)と外に出かけたら、運転士が「Did you understand?」と聞いてきた。「No I can’t.」と答えたら(返事の仕方さえ間違っていた)、またややこしく説明しだした。が、やはり聞き取れない。運転士は側に居た日本女性2人連れに一緒に連れて行ってと頼んでくれた。頼まれるまでもなく彼女達は私の側にぴったりと付いてくれていたので、私は笑顔で「Thank you!」と言ってバスから降りた。

Snow-coachは私が想像していたのと違い、バスよりも大きいバスだった。そのタイヤのばかデカイこと…、これならice-fieldもへっチャラ! 私はもっと小型で、4~5人乗りくらいのスノーモービル風のスピードを出して走り回るものかと思っていた。でも実際はのろのろと動き、ice-fieldの中に入っていき、中央まで行くと降ろされ、自分の足で周辺の氷の上を歩き回るのだ。氷河時代からの氷原のど真ん中だから寒い。私は準備よろしくコートの上に防寒雨具を着込んでいたので平気。靴も登山用だから滑りにくい。なので、好きなように歩き回り写真を撮っていたが、皆はちょっと歩いて直ぐにスノーコーチにもどってしまった。

思ったよりつまらない感じで、またのろのろと元へ戻り、後はレストランで昼食を済ませて、バスにもどる。若い彼女達にくっ付いていれば、レストランでもスマートにことが運ぶ。つくづく彼女達の場慣れした態度と堪能な会話力が羨ましい。

ほとんどのビューポイントは目も覚めるようなエメラルドグリーンの湖で、下車・散策し、また乗り込んで次のポイントへと繰り返した。スタスタとコースを歩き、数枚の写真を撮り、トイレに行く時間を取ればそれで時間いっぱい。ツアーとはそんな感じで、個人で歩き回るのとは面白さが全く違う。

そのうちを若い彼女達と放れ、独りで歩いていると、オーストラリアの女性が声を掛けてきた。バスの座席が私の斜め前の人だ。彼女はカメラを持ってないので私ので撮し、帰ったら送ることを約束した。そしてまたまた折鶴と5円玉をあげた。彼女は喜んで、きっと5円玉でネックレスを作るからと何度も言っていた。

とうとうレーク・ルイーズに到着。そろそろ夕刻で、Chateau(シャトー)ホテルがおとぎ話のお城のように湖の前に立たずむ姿は、まるで夢の世界。そしてレーク・ルイーズの水の色・・・、明るく・深く・神秘的! 

最後の散策を終え、バスは各Hotelに寄り、私もYHの前で下車後、車は更にバンフへと走り去った。

案内書によると、このYHはとてもきれいで、レストランの食事が美味しいとあったが、宿泊客が多く、スタッフが大忙しで、英語が不十分の私には少しつらいものがあった。大事な電話が不通で、Mont(モン)トランプランYHの宿泊予約を取るべく、私は
懸命にスタッフに頼んだが、「NO1」の返事しかない。英語の分からない私を冷たくあしらっていると見える態度だが、室は電話不通のサインだったのだが・・・。

勿論不愉快なことばかりではなかった。レストランサンドイッチを買い食堂へ行くと、日本人母娘2人連れと出会い、友達になった。その時、某イタリア人が大声でバターライスが残ったので誰か食べないかと言い出した。見ると美味しそうだったが誰も黙ったまま。私は二人に「もらおうか?」と誘い、「I’d like to eat.」と申し出て、ご相伴に与かった。思ったほどに美味しくはなかったが、私は持っていた野菜サラダを出し、おにぎりと味噌汁だけで夕飯にしている二人と、おしゃべりしながらバターライスを平らげた。

Busの中にも母娘二人連れがいたが、どちらも母親の方が私と同年輩で、「娘が居なければとても来られなかった」と、私の行動力に驚いていた。「やれば出来るものですよ!」と、内心ヒヤヒヤものながら私は強がって見せたが、(やっぱり連れがあるほうがいいな…)と少し羨ましかった。

    

    

   




2001年24(火)

YH10:0010:30in11:0012:30Chateau Hotel13:0014:30アグネス湖→15:30Hotel16:30YH17:00busデポ17:3018:30Banff YH

朝一番昨日できなかったモン・トランプランのYH予約をしょうとTELしたが、カードがまたうまく使えない。

私は仕方なくOn-Lineで予約をとPCを借りたが、コイン$220分の時間はあっという間に時間切れ。スタッフに手伝って欲しいと頼んだが、やはり説明不十分で行ってしまった。やり直して又時間切れ。結局予約は取れないまま、10時のチェックアウトの時間になった。慌てて荷物を部屋から出したので、洗面所に化粧道具を置き忘れたのを後で気が付いた。つくづく1泊のみの移動は落ち着けないと痛感する。とりあえず荷物を預かり室に置き、今日1日の行動を開始。

先ずinへ行く。何処へ行っても頼る所はinしかないのだ。直ぐに順番がきた。私は先ず、Mont-Tremblant(モン・トランプラン) YHへの電話の仕方を聞いた。昨日からどうしても通じないと言ったら、私のテレフォンカードスタッフが先方に繫いでから交代してくれた。話は簡単、これで9/27の宿泊はOK。さすがin、やっぱり頼りになる。

次に今日夕方のバンフ行きのバスチケットを買い、やっと今日の予定アグネス湖への地図をもらった。

既に時間は11時。昨日見た(シャートー・レークルイースへ今度はハイキングで行く。横からサイクリングの数人が走り抜けて行くのを見て、自転車を借りれば良かったと後悔する。

歩き出して直ぐ、ニッキーという女の子に会った。見るからにボーイッシュな感じで、てっきり男の子と思っていたら、Chateau Hotelに勤めていて、今出勤途中だと言った。Inコースを確認したが、少し不安だっただけに、地元の人なら安心と同行を頼んだらあっさりOKしてくれた。まだ少女のようなあどけなさで、ヘッドフォンをつけて何やら音楽でも聴きながら歩いていたが、私が遠慮なく話しかける度にヘッドフォンをはずしていた。私が60歳だと言うととても驚いて、感心していた。そのうち、又熊の話になり、姿勢を低くするなどの熊対策をしきりに教えてくれた。広いbus道を行けば安全で分かり易いのだが、ハイキングコースは道から外れて森の中を歩くようになっていて、丁度今にも熊の出そうなところを歩いていたので、彼女の存在は頼もしかった。

あっという間に1時間を歩き、しかしそんな彼女も道を間違えて、うっかりMoraine Lakeの方へ行きかけていた。私が色々話しかけるのでいつもの調子を狂わせたのかな?しきりに謝る彼女に笑って「Don’t worry!」と答えて、自分も地図で確かめる。歩いた時間からしても、もうほとんどHotelの近くまで来ているはずなので、広い車道を行くことにして直ぐに昨日見覚えのある場所に着いた。ここで気のいい彼女と記念の写真を撮り、別れた。

私はhotelの軽食店でパン(ケーキのように甘い)コーヒーを買い、他の旅行客に(なら)って、廊下の窓ガラス前に腰かけて食べた。人気のある有名なホテルだけに人で溢れていた。運悪く、食べ終わろうという時にそれまでのお天気が信じられないほどのものすごい雨になり、これから本番のアグネス湖行きが危ぶまれた。が、幸い20分くらい待つと今度は又信じられないほどの上天気に変わり、湖の上に虹まで見えた。

時刻は午後1時。夕方までに荷物を取りにYHに戻り、バンフ行きのバスに乗らなければならない。ここまで予想以上に時間がかかっただけに大丈夫かな?という気もしたが、行ける所までで帰ってこようと割り切る。

Hotelの左側から回り込み裏手から山へと道が付いている。しっかりした道で標識もはっきりしている。これは迷いそうにない道と思えたが、やはり人は少ない。と言うよりはほとんど見かけない。数グループが下りて来るのに出会う。いずれもツアーガイド付き。が、これから登る人はいない。当然「熊に注意!」の立て札が目立つ。いつもいつも何故こんな風に孤独なハイキングになるのだろう。もっと大勢の人がハイキングを楽しんでいそうなのに…。自分流に考えると不可解なのだが、現実は皆、楽な観光を好むのだ。

自問自答しながら歩くこと数10分。道がつづら折りになった曲がり角、木々が空けて見下ろした先に飛び込んだ光景に、私は目を疑った。「これは…!」神秘とも可憐とも幽玄とも・・・、絶句の美しさのchateau Lakeが静かにエメラルドグリーンを流し込んでいた。

来た甲斐があった。楽しくなった。道をどんどん登り、ミラー湖に着いた。ここが一つ目の目的地。山の中の

湖は周囲の木々を水面に写して、鏡のごとく静まりかえっていた。

小休止の後、更に登る。まだ時間の方は何とか行けそうだが、やはり急ぎ足になる。それほど長いコースではないはず。だんだん高度を感じて頂上が近づく予感。岩が多くなり足場が悪くなる。階段が現れ、登りきった所に、見えた、アグネス湖。頂上に位置する湖・・・。

ログハウスの営業小屋があり、カップル・グループなど数人が談笑している。ここまで来たらやたら寒いと思っていたら、小屋ではちゃんとストーブが燃えていた。

軒下にリュックを置き、写真を撮ってもらおうと側の人に頼んで岩を踏んでポーズを取っていると、何やら白いものが舞い出した。静かに、見る間に空間を覆いつくして、一瞬のうちにあたり一面雪降る山、雪降る湖と化してしまった。私はあまりのタイミングの良さにマジックを見ているような夢心地…。

ほんの10分足らずの雪で、元来た道は白い道となり、別の道を歩いているような錯覚を感じた。再びmiller湖に着き、雪のあとに差し込むまぶしい陽光を照り返す水面を眺めていた。やがて1組のカップルが来たのでこれ幸いとまた写真を頼んだ。

激しく変わるカナデイアンロッキーの天候に翻弄されて、私は興奮気味に山を下った。やり遂げたあとの下山は気が軽い。往きのあのすばらしいビューポイントでは丁度2人の男の子がいて、私はハイな気分で話しかけ、お互いに写真を撮り合った。

Chateau Hotelに到着1530。これから再び歩いてYHまで戻らなければならない。安全に車道を歩こうと決めたのに、途中ハイキングコースの標識に釘付け。迷ったら時間がないのを解っていながら、もう一度Lake Louiseの森を歩きたくなり、結局森の中へ。朝の記憶を辿りながら順調に進み、最後は森から抜けて車道へ。YHでは、忘れ物の化粧道具を探してもらったが、すでに不明。忘れ物・落し物が出てくることは先ずあり得ないのだ。荷物預り室で整理して、今度こそ本当にレーク・ルイーズYHとさよなら。あわただしい滞在だった。

バスデポで少し待ち、1730ブリュースターバスに乗り、バンフYHに到着。ここでもバスは各ホテルの前に止まり、YHはバンフの街の一番奥に位置しているので最後に降ろされた。バンフYHはなかなか立派で、夕食はYH のレストランでチキンヌードルスープとパンを食べた。


   
 
道案内をしてくれたニッキーさんと   chateau Lake
    
                   ミラー湖


2002年25日(水)

8:30起床→YH9:30Bow BridgeCave & BasinBow fallSprig Hotel(ゴンドラ)The Sulphur Mt.(ゴンドラ)→市内→Lake Minnewanka→市内supermarket7:00YH

今日はかねてからやりたくて仕方のなかった、自転車で一日中走り回る、を初めて実行できた。天気も良く、思い通りの行動が出来て、満足感いっぱいである。

朝一番自転車を借り、早速にバンフの町に飛び出した。YHが山手に位置するので、朝の空気のさわやかなこと。多少のアップダウンも快適気分。すぐにスプリングホテルのすばらしいビューポイントを発見。朝の空気に浮かび上がるその建物は、渓谷ボー川を挟んでほんとに美しい。すべての通りに名前があるから要所要所で確認しながら自転車でスイスイ走る。身も心もハイになってバンフの町はすばらしい。

ガイドブックを見ながら次は「cave & basin」を目指す。途中横道へ入ってみた。自転車だと道草も又楽しい。ところがここはエルクのharem(ハーレム)だった。細いあぜ道が何処へ続くのかと走っていくと、数頭のエルクに気が付いた。見回すと畑の中にウヨウヨ居る。中に1頭だけ雄がいて、こちらを睨みつけている。驚いたの何のって・・・、でもしっかりと写真に収めて、そのまま突き進んだ。前方から犬と鉄砲を持った人とすれ違ったが、エルクを横手に見ながら平然と通り過ぎて行った。道が凹凸してきたので自転車を降りて進むと、前方に湖が現れた。多分地元の人以外、この場所を知る観光客は居ないだろう。これぞ本当のカナダの自然ではないだろうか?

思わぬ収穫を得て嬉しさいっぱいで、私は元の道に戻り目的地に向かった。道標どおりに走っていくと、きれいに整備された公園の入口に着いた。「The Cave & Basin Centennial Center」は、湧き出る温泉の硫黄の匂いが充満していた。川からも湯気を伴って温泉が流れ、木々の間に木道が張り巡らされている。山全体を徹底した自然保護の下、一瞬原始を思わせる原生林がふつふつと湧き出る温泉の中に息づいている。生息する動植物の案内もあり、時折名も知らぬ鳥の羽ばたきを目にした。

やはりカナダの自然は偉大だ。日本とは違う歴史の1ページに感動し、私は興奮した。

市内へ戻ると丁度お昼時だったのでマクドナルドでハンバーガーとオレンジジュースを注文し、次は例のスプリングホテルへとボー川に沿って走る。先にボー滝を見た。この辺り小さな公園になっていて、のんびりと散策する人がチラホラ。滝はさして大きくなく、」期待したほどではない。

2時からhotel内見学tour$20ランチ付きであるというので覘いてみた。何人かが椅子に座り2時を待っている風だ。私はトイレを借り、ついでに廊下ずたいに建物内を見学した。英国調の調度品・絵画・彫刻・敷物など厳かな雰囲気が立ち込めて、しかし空気は重たかった。

念のため食事なしの見学のみは出来るかと尋ねたら、当然ながらダメと言われた。ついでに、次の目的地のSulphur(サルファー)山への行き方を聞いたら、このホテルから直で行けるという。約30分程度、思ったより近そう。

Hotelを出て、自転車で走り出したら、聞いた直の道をコロッと忘れて、地図どおりの道を走っていた。

道はずうっと上り坂。自転車を道端に置いて、車道より山道の方が近道と又歩き出す。車道を遠く離れたかと思うと突然直ぐ側に車が走ったり、思ったより遠いので心配になり、途中で車を止めて道を確かめた。

程なくUpper Hot Springという温泉に着き、その前で昨夜の母娘2人連れと再会。彼女達はYWCAに泊まっているそうだ。今日は温泉に入りに来たという。そこからゴンドラ駅までは直ぐなので、立ち話もそこそこに私はゴンドラ乗り場に急いだ。

集まる所には人がいるものだ。ゴンドラ乗り場は人に溢れて長い列が出来ていた。標高2285mの場所で降りると、さらに上に道がつき、人の列が付いている。岩肌が聳え、通路の両脇には柵が施してある。360度の展望は雄大でカナデイアンロッキーの山々が幾重にも折り重なる。見下ろせばカナダの自然。明るく何処までも広がる氷の山々。やっぱり日本と違うなあ!・・・実感と共にため息・・・。

帰りは持っていたリンゴをかじりながら、やっぱり自転車を引いて来たら良かった・・。下り道だからあっという間に市内に戻れるのに・・、と自転車を置いた場所に戻るのにまた30分。ダウンタウンに入り、スーパーで歯ブラシ・化粧水・クリームを買い、そのまま今日中に行っておくべしとLake Minnewankaへと走った。バンフのメインストリートをどんどん走ったが、行けども行けども近づかない。改めてカナダの大きさを思い知らされる羽目となった。小1時間走って日が傾きかけたのであきらめて引き返し、もう一度スーパーに寄り食料を仕入れてYHに戻った。

久しぶりに満足感で晴れ晴れとした気分になれた一日だった。

   
 バンフの街の高台       Spring hotelが見えるl
   
 自転車で街を探索    
横道にエルクのハーレム
    
 ボウ滝の河原       Spring Hotelの前で                   サルファー山標高2285mの頂上で                         

  

200226日(木)

8:30起床→YH9:00in1130YH1200lake Minnewanka途中→YHVermillion Lake(Steve Althoffdrive)Lake MinnewankaYHHoodoosYH

昨日と打って変わって付いてない日・・・、そんな感じの午前中だった。しょげ返っていた私に神はとんでもないどんでん返しを用意していた。

昨夜、明日のCalgary空港へのシャトルバスの手配をYHの受付に頼んだら、バスデポまでタクシーで行くようにと言われた。タクシー代$10も払うのはもったいないし、歩けないものかと、朝一番試しにバスデポまで歩いてみた。約30分かかった。朝5時頃の30分は大きいなと思いながら、ついでにair-Canada予約確認をしようと色々書類を出した時にクレジットカードを置き去りにし、黒人の美人係員が直ぐに気が付いて知らせてくれた。危ない、危ない。その足でInへ寄った。Inには無料の電話が使え、今日はKananskis(カナナスキス)へ行きたかったので、あれこれとツアーの申し込みをしてみたが、すでに出発済のツアーばかりだった。

自転車で行くには遠すぎるし、交通費だけで$60~$70かかると言われ、今からでは行って帰るだけになりそうで、止めた。計画の甘さが悔やまれた。時間は過ぎていくばかりで、早や11時近い。何もしないまま午前中を終えるのにいらいらしていた。

YHに戻り、昼食を取り、また自転車を借りた。昨日行きかけたMinnewanka湖に行くことしか頭になかった。男性用の自転車しか残ってなく、少し大きすぎる感はあったがとりあえず走り出した。

昨日と違ってずっと早い時間の出発だから、時間は十分あるはずだった。快適に走っていた。途中、橋の継ぎ目で怖い箇所があったが、思い切って渡りきった。順調に湖に向かっていた。しかし、やはり距離はあった。

Minnewankaの表示が出てから、いくつも違う湖を通り越していく。いい加減疲れて、あるview-pointに数台の車が止まっているので、同じように自転車を木の幹に持たれ掛けさせて、休憩がてら景色を眺めていた。

どっちみちMinnewannka湖もこれと似たり寄ったりだろうなと思いつつ、自転車に戻り、走り出すと何かおかしい。「ブレーキが利かない!」??? 560mしか行かなかったので、助かった。直ぐに側の男性外人に頼んで視てもらった。完全に不能。どうしてなんだろう??? 今の今まで何とも無かったのに・・・。

外人は側の大きな車の女性2人連れに、私を自転車ごとYHまで送ってやってくれと頼んでくれた。彼女達は二つ返事でOKしてくれて、急遽YHに引き返した。ずいぶん距離を走ったと思ったが、車だとあっという間だった。お礼にはまた折鶴と5円玉。何とも心強いお守りである。

YHの前に座り込んでいた少年3人に車から自転車を出すのを手伝ってもらい、受付で新しい自転車に交換してもらった。ホント今日は付いてない!私はいらいらしていた。既に3時近かった。

再度Minnewankaへ行こうとは思わなかった。むしろVermillion湖なら今からでも行けそうな距離だった。

私は方向を変えて走り出した。朝行ったbusデポを通り過ぎた頃、雨が降り出した。ポツリ、ポツリ、空は暗くなり確実に雨模様。付いてない、今日は!目の前に湖の端っこが見えているというのに・・・。

立ち止まり、上着を重ねて空を見た。少し止む気配?せっかくだから行こうか。独りごとを言って、やっぱり行くことに決定。

水際にきれいな道がついていて、下り気味に軽快に走る。一人、二人と雨にめげないriderとすれ違う。

小降りになって、止めずに良かったと思う。決めてしまえばもう迷わない。むしろ自分の勇気に自己満足。

道はきりが無いかと思うほど長かったが、やっと終点に到着。数人が写真を撮っていた。勿論私も、誰かに頼もう・・・、と思うや否や、すらりとした男性が「写して上げよう」と言ってきた。「Thank you!」とポーズ。

23枚撮ってもらったら、また激しい雨。(帰りは上り道、嫌だなあ)と思っていたら、胸のうちを見透かしたかのように、「車で送って上げようか?」と彼。Steve Althoffと名乗る彼、古いトラックに乗っていた。自転車を荷台に乗せ、とりあえず湖の入口まで送ってもらうことにする。

車に乗ると直ぐ会話が弾んだ。今日一日付いてない連続だったと訴えた。Minnewanka湖へ行き損ねた事も言った。そしたら「行きたいか?」と訊いてきたので、「Yes!」と答えた。これが事の始まりだった。

この頃から雨は本格的になりだした。湖の入口はとうに過ぎた。彼の車は一路Minnewannka湖へ向かう。途中でいくつもの湖で下車、写真を撮った。みんな地図に載っているviewポイントtだ。夕暮れ近く幾組かのカップル・グループが居た。今度は彼が「オーロラの見えるところへ案内しょう」と言った。今は季節じゃ無いから見えないけど、誰も知らない、取って置きの場所だ、と言う。私はだんだん不安になってきていた。(見知らぬ人に少し大胆すぎたかな?) でも悪そうな人には見えない。話の内容で、山を登り、ロッククライミングが好き、野草や薬草に興味があり、星にも詳しい。まるで私より先に話すことがすべて私の趣味と一致する。オーロラの見える所も見てみたい。私は最悪の場合をどうしょうかと思いながら、行くことに決めた。今思うとやはり危険極まりないとは思うが・・・。車はどこかの炭鉱の近くへ着いた。殺風景な広場に夕風が吹いていた。周りには雑草が生い茂り、静まりかえっていた。しかし、いかにもオーロラが見えそうな場所にも思えた。

私は怖さを感じなかった。むしろこんな秘密の場所を知ったのに興奮していた。彼は得意そうだった。

また車に戻り、やっと最後の目的地Minnewanka湖へ到着。もう誰も居なかった。広い静かな水面が少し波立っていた。私は満足感に浸った。この湖を写すために残しておいた2枚のフィルムで1枚ずつお互いの写真を撮った。オーロラの場所では止んでいたのに、雨がまた降り出した。

YHに着きレストランtに入り、お礼にスープとパンをご馳走した。これでさよならするつもりだったが、あと一つhoodooを見てないがYHから近いので自分で行くと言ったら、また車に乗せて連れて行ってくれた。

そこでは、奇妙な石の像のようなものが立っていた。自然の風化で形どられた彫刻とでもいう感じの不思議な石だった。彼はインデイアン・ファミリーのように見えると言った。なるほど、と思った。

その近くには様々なハーブが植生し、暗くなりかけた中で見つけては、これは匂いがいいとか、これは血止めの薬だとか、数種類の草を摘んで私に説明してくれた。

私は一度でも彼を疑ったことを申し訳なく思いつつ、再びYHに送ってもらい、別れ際にお礼の言葉が見つからないと言った。「あなたは本当にいい人ですね」と言い、握手を求めたら、突然抱きすくめられてしまった。

彼はしきりに私のことを魅力的だとか、可愛いとか褒めてくれたが、私の年齢は知らないままだった。私も今更60歳だとは言えず、唇の表面に彼の唇を受けるのみで、それ以上には進めなかった。彼の腕に力が入った時「I have to go!」と叫び、車から降りた。「日本にboy friendが居るのか?」と訊かれ、「Yes!」と嘘をついてしまった。内心はこのまま抱かれてもいいという気もちょっぴりあったのだが・・・。

握手をして、最後に彼は「みんなが自分のように良い人ばかりではないから、これからは気を付けなさい」と忠告してくれて、車で去って行った。

    
 Vermillion                             Minnewanka

  

2002年月27日(金)

4:30起床→YH5:107:00Calgary(カルガリー)空港9:00(時差2時間)14:30Montreal(モントリオール)空港→16:30downtown17:3020:30Mont-TremblantYH

昨夜のドラマチックな出来事に興奮してか、ろくに眠れず、430になってしまった。

早朝なのに、身支度を済ませ廊下で荷物を整理してる間も全然寒くないと思ったら、しっかり暖房が入っている。本当は寒いのだ。

空港busYH前に来てくれることになり、luckyと外に出てビックリ・・・、雪だ! まだ暗い未明の空からしんしんと雪が降っている。今秋の初雪だそうだ。昨日からの雨が雪になったのか・・・。

私にはレーク・ルイーズAgnes湖についで2度目の雪だ。しかも今回のは気まぐれの雪ではない。既に道は雪に覆われ一面真っ白。ここCanadaではいよいよ冬へと向かって季節は移り変わろうとしているのだ。昨日の彼が、仕事は程なく始まるスキー場の整備だ、と言っていたのが思い出された。つい1週間前バンクーバーrにいた時はまだと言っても良いくらいだったのに・・・。

すぐにバスが来て空港までずっと雪景色の中だった。そして1時間遅れの出発。

機内ではQuebec(ケベック)まで行くというフランス人男性と隣り合わせた。ほんの少し喋りかけたら、昨日に続きとても話がし易くなっている自分に気が付いた。彼は医者の親せきが居るとことや、ファミリーの写真を見せてくれた。彼は技術者らしく、今は仕事で私の行かなかったBandlandの恐竜や化石・古い建築物の写真や設計図などをカバンから資料を次々に出して説明してくれた。私は半分の分からなかったが、なんとなく彼の情熱が伝わって来るようで一生懸命理解しようと耳を傾けた。そのうち私がお近づきの印にと折り鶴と5円玉を渡したら、今度は折鶴の折り方でまた盛り上がった。彼はとても喜んで、更にもう1枚練習していた。(この彼はのち、日本に帰ってから家族の写真などを添付したメールを奥ってくれた。)

モントリオール空港で私はセスナ機に乗り換える彼と別れて、ダウンタウンへ向かった。ここで私は初めてフランス圏に入ったのを痛感する羽目となった。

私は運転手にinformationの場所で降ろしてと頼んだが、どこか地下鉄とバスターミナルが一緒になった大きな駅まで連れて行かれた。駅でMont-Tremblant(モン・トランプラン)行きバスsに乗るにはどうすれば良いかと訊いたが、英語が通じないのだ。そこらの駅員などチンプン・カンプン。トイレは何処かと訊いても分からない。トイレは案内用の絵を探して分かったが、bus便については結局皆が並んでいるチケット売り場でやっとMont-Tremblant行きの詳細がわかった。丁度発車前だったので良かったが、これが最終便だったとは・・・。

YHには夜も真っ暗になってから着いた。入口が分からずうろうろした。中はやはり今までと少し感じが違っていた。Openな明るさはなく、少し暗めのbarへ入ったような感じがした。Stuffは英語が分かりにくいのか私の応対にてこずっている感じ。

私はこのYHを前にJasperからのbus-tourの時に教えてもらい、急遽決めた。それはここがCanadaの中で最も紅葉がきれいなThe Laurentian(ロレンシャン高原)の一角だと案内書に書いてあったのだ。燃えるような”もみじ”をぜひ見たい!丁度例年なら今が見頃の真っ最中。

ところが、明日の予定はトロント YHになっていて、調べた結果トロントまで行くには、明朝一番にここを出発しなければならない。それではせっかくここまで来た意味がない。どうしたって明日はこのMont Tremblantのもみじを見て歩きたい。後のことはともかく、明日このYHでもう1泊を頼んだが、満室で「No.」と言われた。ではモントリオールYHをと確認したらやはり、No 万事窮す。

今日いう日を丸1日移動だけで終ってしまったのも悔しかった。

夜遅く着いて、翌日の宿泊ですったもんだし、決らないままシャワーを浴びベッドに入ったら、午前1時になっていた。疲れきって、直ぐに眠り込んでしまった。ケセラ・セラ・・・だ。


200228日(土)

8:00起床→YH10:00in11:3012:00MontTremblant湖→(hiking)14:00山頂14:30(ゴンドラ)→下山→15:30gas-stationYHbus-stop16:3019:30Montreal→食事・夜のdowntown散策→24:15夜行bus

朝起きたら晴れ。今夜の宿泊についてはbedの中で名案が浮かんだ。Montrealから夜行busNiagaraまで行ってしまえばいい。それなら今日1日ゆっくりもみじを楽しめるし、宿泊代も浮く。一石二鳥ではないか。単にToronto YHcancelするだけでいいのだ。1件落着。思わぬ名案に心がはずんだ。

洗面所で日本人の女の子2人連れに会ったので、挨拶がてら「今日はどうするの?」と聞いたら、「せっかくだからモントランプラン山に登ろうかと思います」との返事。特に予定を決めてなかった私は頷きながら、(そうだよねえ)と強く納得。

朝食はYHのオリジナル。たっぷりの果物にハム・エッグ、そしてパン・牛乳・コーヒージュースの食べ放題。

すっかり満腹になって、念のためモントリオールl行きのバス時刻1830を確認。これなら自転車を借りて丸1日回れるし、夜行バスの出発にそれほどの待ち時間もない。あまりの段取りの良さに、昨日の憂鬱がいっぺんに吹き飛んだ。

YHで自転車を借りて、教えてもらったコースと地図を頼りに走り出したが、先ず帰りのbusの乗り場を確認しておくべきだと思った。ところがなかなか見つからず、とりあえず先にinへ寄る。今日1日の走るコースの情報を得たかった。しかしここでは特別の情報は何も無かった。

私はものすごいスピードで走る車と同じ道を走り出したら、別の自転車が森かげから出てきて、初めて自転車道が別にあることを知った。車道から外れると、木漏れ日がきらきら輝く、静かでなだらかな道が自然に渓流沿いや、池の周りへと導いてくれる。時折ハイキングローラースケートを楽しむカップルなどがいて、様々なスタイルでenjoyするカナダ人の姿を見た。
やがて薦められた
ポイントMont Tremblant湖へ着いた。いかにも観光スポットらしく、駐車場スペースが広く取られ、大勢の人で賑わっていた。

湖の側に今朝YHの女の子が言っていたMont Tremblant山がある。案外低そうな山だ。私は係員らしい若者に声をかけた。「頂上まで歩いてどれくらいかかりますか?」 若者は首をかしげながら、45分位だと言った。(なんだそれくらいなら知れている。)私は自転車を、休止しているリフト乗場の側に置き鍵をかけた。直ぐに登ろうと決め、いとも簡単に、登山口だけを聞いて歩き出した。実は後で分かったのだが、湖は広くて、登山道は休止しているリフト乗場からはずっと離れゴンドラに沿って付いていて、私が登り出したのは正規の登山道からはずっとはずれた場所だった。

歩き出して30分、ホテルや別荘・寮のような建物の裏道ばかり歩いて、やっと稼動しているゴンドラが目に入った。頂上へと蛇行した細く白いハイキング道に1人・2人と小さな人影が見える。低そうに見えた頂上がいきなりとてつもない高度を感じさせた。途中でまた「歩いてどれくらいかかりますか?」と尋ねたら、1時間半とも2時間とも言う。(そんなバカな!)先っきは45分と言ってたのに・・・と裏切られた気分だが、今更止められないのが私の性分。ゴンドラの下をくぐったり、離れたり終始前方の頂上を眺めながら、時折眼下の湖を見下ろす。広々した草原状の斜面が続く。

…だが、しかし、あの燃えるようなもみじ・・は、何処? 今、私は来れば必ず見られるという正にそのMont Tremblant山の真っ只中に居るのに。紅葉した赤色はほんの申し訳程度。赤というよりは茶色く変色した枯葉・・・。日本のもみじのほうが余程きれい。近くの箕面や北千里のもみじは決して引けを取らない。

もみじは期待はずれだったが、山は面白かった。数グループを抜き、やっと頂上に着いたら、ほとんど同時に到着した後ろの若い2人連れが、息を切らして、「あなたは歩くのが速い」と言った。私を追い越そうと頑張ったがついに越せなかった、と悔しそう。そんなこととは露知らず、私は結構写真を撮ったり、もみじを探したりしながらマイペースで歩いていたのに・・・。(ちょっぴり得意気?) 

頂上は驚くほどの賑やかさ。人で溢れていた。私は日本人ツアー団体の同年輩のおばさんたちが華やいでいるところへ行き、写真を頼み、持参のサンドイッチとりんごを食べながら、1人旅をアピールした。みんな驚いて、とてもそんな真似はできないと感心していた。

下りは、時間短縮にとゴンドラに乗ろうとチケット売り場を探したが分からない。仕方なくそのまま列に入って乗り込んだら、チケットなしの無料だった。ところが、ゴンドラを下りた所から自転車を置いた場所までどう行けば良いのか分からない。湖のどの辺りだったのか、とにかく見当をつけて走り出した。思いのほかハイキングに時間がかかり、ゆっくり歩いて探す時間の余裕が無かった。23の外人に尋ねたが、休止しているリフトの側では要領を得ない。もしや自転車が盗まれてたら・・・、少し図に乗りすぎたかな、とちょっぴり不安。

幸い、ほんの10分ほどで元の場所に戻り、自転車も無事だった。既に午後3時近かった。私は地図で自転車道を確認しながら早い目にYHに戻ろうと決めた。夕べは真っ暗な時間に到着し、しかもYHの前で降ろされたから帰りのbus停をまだ確認できてないのが気になっていた。でも、18:30発のbusだから時間は十分あるし、それほど広大なエリアでもないし、楽しまなくっちゃぁ・・・。

走り出すとやはり爽快ローラースケートを楽しんでいる若いアベックと追いつ追われつしたり、スピードを出して突進してきたスケーター が私を避けようとして目の前で転倒した、本当にかわいらしい外人の子供たちに笑顔で挨拶したり、等々・・。

気が付いたらYHが見えてきた。とりあえずbus停の確認をと、人に聞くが、先に英語が話せるかどうかを聞かなければならない。でも案外話せる人が多かった。が、bus停が意外に分かりにくい。ガス-ステーションがbus案内所を代行していた。私はそこで今日のmontreal行きのバスについて確認すると、「今日は土曜日だから16:30の便しかない」と言う。「ウソーッ!YHでは18:30だと言っていたよ」と言っても今更始まらない。もう時刻は4時になる。私は猛スピードYHに戻り、自転車を返して、荷物の整理もそこそこに大汗をかきながらガスステーションに駆けつけた。Just 16:30Bus25分遅れでやって来た。(ん、もう!)。

バスに揺られながら、昨日から今日、なんとも慌ただしい限りだったが、それなりにサイクリング・ハイキングと楽しめたのは良かったと、今回の予定変更の結果を総括した。もみじが今いちだったのはなんとも残念・・・。

気持ちよく揺られてうとうとしたらモントリオールlに到着19:30。夜行バスチケットを買い、念のため出発時刻を確認。今度は間違いなく24:15分発だった。それにしても出発までの約5時間、どうして過ごそうか・・・。

駅のベンチに腰掛けて、荷物を盗られない様に注意しながら、5時間はとてつもなく長い時間に思われた。

お腹が空いていたので、構内のDEILサンドイッチコーヒを注文した。売店でミネラルウォータークッキーチョコレートを買った。ついでに久しぶりにアイスクリームを食べた。美味しかった。

2時間をだらだらと過ごした。出発までまだ3時間残っている。荷物が邪魔だった。そうだ! 急に名案が浮かんだ。荷物をコインロッカーに入れて、夜の街を歩いて見よう。もっと早く気が付けば良かったのに、と思った。今回の旅行では夜の街に出たことは一度も無かった。お酒を飲むわけでもなし、踊るわけでもなく、夜に出て行く必要が無かった。でも、夜の顔も知っていて悪くはないと思えた。

メインストリート.は美しく華やいでいた。週末の夜だけに特別賑わっていたのかもしれない。人々が思い思いにデイナーを楽しんだり、恋を語ったりしているのだ。フランス圏だから一層ロマンチックに見える。しかもすごく健康的。私は嬉しくなってきた。良いじゃない、夜の世界・・・。

やがて、地下鉄もどんな感じだろうと下りてみた。路上芸人がキーボードを弾きながら歌っている。側できれいな女性が地べたに座り込んで酔っ払って聞いている。帽子にうまく入らなかったコインが数個、通路に散らばっている。通り過ぎてもう少し行くと、今度は別の歌が聞こえてきた。はげしく訴え、切なく語る、哀愁に満ちたmelodyに私の胸がキューンとなった。見下ろすと地下鉄のホームで,ギターを片手に若者が精魂込めて歌っている。音が共鳴して、彼の息遣いまで聞こえてきそうだ。1曲が終わり、私は階上から拍手した。2曲・3曲と聴いているうちに、気が付くと私の横・後ろにずらりと人が並んで、皆彼の歌を聞いている。初めは誰も居なかったのに、と私は驚いた。そのうち皆は立ち去ったが、私は大方30分以上も聞き惚れていた。若者にお礼のコインをあげたかったが、プラットホームへは入れないので止めた。

いかにもモントリオールの夜らしい体験が出来たと大満足で、真夜中近い公園や聖堂を眺めながら駅に戻り、歯を磨き、顔を洗って、夜行バスに乗り込んだ。

   
 Mont Tremblant ハイキング

    
                  下山して自転車の置き場を探して時間がかかった

200229日(日)

夜行bus6:30Toronto7:309:00NiagaraYH→ピープルムーバー→霧の乙女号→Behind the Fallsuper買物→YH check in→花時計→19:30カジノ前→滝light up見物→カジノ$2.5YH23:30就寝

いよいよ最後の目的地Niagara fallへとやって来た。ここで私の旅のfinale(フィナーレ)を迎えるのだ。ここまで毎日がhappeningの連続だったように思える。最後くらい静かで穏やかな観光であって欲しい。

Busは早朝Torontoに着き、1時間後に乗り継ぎNiagaraへ到着。曇りがちだった空もカラリと晴れて上々の天気。Busの中でよく眠れたとは言えないけれど、明るい陽射しに当たると「よ-し、今日も頑張るぞ!」という気持ちが湧いてくる。

YHバス停からわずか5分のところ。朝なのでチェックインはまだ出来ないが、今夜の宿泊の確認だけはしておく。そこで同じように別の夜行便できた日本女性「ゆかり」さんに出会う。荷物預かりを済ませて、一緒にナイアガラ滝を見物することになった。彼女は28歳。1年間のワークホリデイの、3ヶ月目だと言う。なんとワーホリの人が多いことだろう。さすがにテキパキと行動するので、私はとたんにあなた任せになる。ナイアガラについてそれなりに調べてきたが、彼女はそれ以上に詳しく調べているので私の出る幕はないのだ。

滝見物の足となるpeoples-mover券および「霧の乙女号」券のYH割引があり早速引き換える。彼女も私以上にお金にシビアだから大喜びで、滝を目指して“Let’s go!”

「霧の乙女号」は期待通り迫力満点。長い列で待たされて、やっとの思いの船客達ばかりだから、配られた同じ黄色いrain-coatの歓声と興奮で溢れている。みんなしぶきでビショ濡れになりながらも、必死で写真を撮り合う。アメリカ滝を最初に観て、やおらカナダ滝へ。滝に抱かれて小さくなっていく他の船を見て、自分達も同じように滝に吸い込まれていく・・・。

この後私はもう一つ、案内書のbehind the fall(滝の後号)に乗りたくてゆかりさんと別れた。これは滝の裏側に入って滝を実感するというものだが、正面から臨む「霧の乙女号」の二番煎じの感が強かった。

人で賑わうparkwayで再びゆかりさんと会うのは難しく、私は地図を見ながらレインボーブリッジへ向った。People Moverに乗って少し運転手さんと話したら、「英語うまいよ」と言われた。お世辞でもうれしい。

レインボーブリッジは渡りきるとアメリカ領土。入国手続とVisa料金が必要なので、手前でUターンする。

橋の上からナイアガラ川の水流を感じ、偉大な滝を臨むのは特別の感。反対側は下流へと濤々と流れている。

お昼過ぎ、一度YHに戻り、チェックインをし、荷物を部屋に入れ、少し休んだ後、また出かけた。ゆかりさんとは橋の側にあるCasino(カジノ)ナイアガラの前で夕方19:30に約束していた。

夜のイルミネーションに照らされた滝は、ライトが遠いせいか期待ほどの強烈な美しさではないが、勿論見ておいて良かった。ついでに以前NZで息子たちとはじめてカジノをやり、大儲けをしたことを彼女に言ったら、「$2.5だけやってみよう」と話が決まった。カジノに入る時前の若者たちがパスポートを出していたので、自分たちも見せたら、必要ないと言われた。未成年のチェックだったらしい(笑)。わずか$2.5のお遊びはあっという間に終わり、儲けの夢ははかなく消えた。(当然!)

10時ごろYHに戻り、同室の「恵子さん」もまたワーキングホリデーだというので盛り上がり、遅い晩御飯を三人で食べ、最後の緑茶パックを出して入れたら二人がすごく懐かしがり、ほんとに美味しそうに飲んだ。

私はそのうち強烈な睡魔に襲われ、若い二人を置いて先にベッドに入った。

    
 迫力満点のナイヤガラの滝                後はレインボーブリッジ
    
 全員ビニールのカッパを着る                             霧の乙女号が滝つぼギリギリまで近づく
    
               レインボーブリッジから滝を眺める     カジノでちょっと遊んだ
   

200230日(月)

8:30起床→YH朝食rent cycle10:3013:30YHbusデポ14:0015:30Toronto16:00YH17:00downtown散策→20:00YH22:00就寝

朝起きると、ゆかりさんは既に出発して居なかった。私は恵子さんと一緒にYHと提携している隣のレストランで朝食を取った。ベーコンエッグ・ポテトサラダ・トースト&コーヒーで、私には十分なボリューム。$3.75也。

恵子さんはゆかりさんより更に流暢に英語を話す。小さなノートを取り出して、出会った人にコメントを書いてもらっているので、私にも一言をと頼まれた。なるほどいいidea、次に旅行する時は私も真似ようと思った。YHで出会う人はみな若い。しかし一様に物おじなく、洗練された物腰で実に堂々としている。圧倒的に出会うのは女性が多いが、つくづく日本女性が誇らしく思われた。

我々が食事を終える頃、別の日本女性が入って来て、「on the Lake」に行くというので一緒に行こうと大慌てでYHに戻り、バス停に駆けつけたが、タッチの差でバスが出た後だった。今日は午前中が空いていてon the Lakeが丁度良いと思いつつ、段取りを怠ったのが憂き目を見る羽目となった。この2・3日その場その場に振り回されて全く計画性がない。わずか10日の観光旅行とは言え、そろそろ緊張の糸が切れかけている・・・。

On the Lakeには行きたかった、と悔やんでも始まらない。トロントへ行くバスは午後2時。それまでに何ができるか?既に10時を過ぎているので、時間割りレンタサイクルを借りて走れる限り回ろう、と決めた。

恵子さんと別れ、昨日何度と無く行き来した滝道park wayを越え、ずうっと先へ走った。滝で賑わっているのはほんの少しで、あとは静かで快適な公園や野原がナイアガラ滝の上流に沿って延々と続いている。平坦で、広い整備された道路はいかにもサイクリング向き。ちょっと森に踏み込むと自然に満ちた池があり、水鳥が棲んでいる。遊歩道が作られているがほとんど人が入っていない。私はやっと自分らしいナイアガラを見つけたと嬉しくなった。

今度は引き返して下流へ。昨日みた花時計から更に先へ、少しでもon the Lakeに向かって走ってみたいと頑張ったが、時間を遅らせることはできない。それでも思いのたけを走ってYHにぎりぎりに戻る。午後1:30。自転車レンタル3時間 $6.00也。

ナイアガラからトロントまではバス2時間弱。すこし離れたYHまで多少道を間違いながら約30分。YHチェックインして部屋に入ると、「旅は終わった・・・。」という実感がこみ上げてきた。何故かトロントで行きたい所は一つも無い。というか何の下調べもしていない。この町はお土産など買物をする所という認識なのだ。もともと買物にはまるで無頓着な私、ここは日本へ帰る通過点でしかないのだ。

とはいえ、今までほとんどお土産らしい物を買ってないのだから、今日中に大方のお土産をこの町で済ませてしまわないと。それに明日の飛行機の便の予約確認をし、そうだ、空港行きのシャトルバスの乗り場を確認しておかなければならない。旅は終わったとて、まだすることは残っている。

夕刻、私はカナダ最後の町へ出かけた。トロントバンクーバー以上の大都市。車も人も喧騒の中、ファッションの店が目立つ。まず、シャトルバスの乗り場を確認。YHから歩いて20分以上、意外と遠い。次に案内書にあるお土産を買うならここという、イートンセンターをを探すが、見つからない。Yong Stを歩きつくしてまた引き返す。だんだん薄暗くなりかけると、路上のいかがわしい店を通るのが気になる。それにしてもお土産にするクッキーなどを売る店がほとんど無く、フアッション関係の店ばかり。思い切って地下に入ると、ふとベビー服の専門店に赤い上下の服が目についた。11月に生まれる予定の初孫にと、咄嗟に買い求め、後で男の子でも亜科は可愛いからと言い訳を考えた。

お目当てのお菓子類が見つからないまま、帰りかけて、ふと人が大勢流れ込む建物に気が付いた。それがEaton Centerだった。大概歩き疲れた後でもあり、やはりbagや宝飾品ばかりでとうとう何も買えずにYHに戻った。つくづく自分の買物下手を思い知った。明日空港で買おう・・・。

    


2002年10月1日(火)

5:30起床→YH6:00Royal York Hotel airbus乗場6:307:10空港9:00発→(時差2:30)11:35Vancouver空港12:30発→関西空港(10/2)15:30

早朝の空気はさすがに冷たい。今日日本に帰ると思うと、大役を果たし終えた安堵感が体中を貫く。「まだまだバンクーバーで無事乗り継いでから・・・」と言い聞かせ、最後まで気を抜かないようにと自重する。

トロント空港では搭乗券の交換場所が分からなかったが、側にいたChinese Canadianが私をエスコートしてくれた。国内便はかなりはずれのゲートで免税のお土産はバンクーバー空港でしか買えないことが分かり、不安になった。わずかの乗り継ぎ時間に買えるだろうか?

機内ではカナダ人の婦人と直ぐに話し出した。とても優しく素敵な婦人で、仕事の帰リだと言った。山が好きだと言ったら、窓から下を眺めては、今カナデイアンロッキーの辺りだとか、何処の山とかを教えてくれた。そのほか他愛ない話をしたが、やっと終わりの日になって、割りに会話ができるようになっている自分を感じた。この調子なら後2・3ヶ月居れば、或いは本当に聞き取れてしゃべれるようになるかも知れない・・・、と思った。例によって折鶴と五円玉を渡すと喜んでくれて、アドレスの交換をした。バンクーバーでは乗継の仕方を教わってから、手を振って別れた。

「さあ、お土産だ!」私は何をどれだけ等考えている暇も無く、大急ぎで買い集め、搭乗口へ走った。
シートに座ると、何も考えずに周りをうつろに眺めていた。けれどなぜか目が冴えて、頭は興奮していた。

関西空港で息子と優美さんに声をかけられて、「来てくれてたんだ・・」と嬉しかった。そして、無事に「海外一人旅」をやり遂げたことを心から実感した。

                                                                           ( 完 )

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