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 海 外 旅 行
台湾3泊4日の旅(兄弟旅行)アメリカ西海岸の旅】【ロシア&フィンランドの旅

国 内 旅 行
(ルーツ探し、兄弟旅行)種子島旅行(2004年4月) 与論島&沖永良部島(2009年8月)
その他



                               

  1997年8月 グアム島(2泊3日)・・・会社の慰安旅行

私にとって初めての海外旅行は、思いがけず会社の慰安旅行でした。それまでは各支店ごとに国内1泊でしたが、まさか全店合同での海外2泊3日とは、超驚きでした。日頃会わない他店の職員たちとワイワイ、日頃の自分の殻をはみ出したようでした。すべての計画は会社サイドでしたが、それでも十分楽しかった。 島は明るく、南国情緒に溢れていました。

   
T支店のKさんと                               宿泊は「ホテル日航グアム」


                                   
2000年5月9日~14日  オーストラリア団体ツアー参加

私は男兄弟は4人いるが、女姉妹は姉一人だけ。初めてで最後の今は亡き姉との二人きりの旅行。
阪急トラピックスのお気軽旅行に姉を誘って見たら、二つ返事でOK。碌に英語を話せないまま、自由行動の時間にSt. Mary's Cathodral という寺院を見て感動。 丁度一組の結婚式が行われていたっけ・・。先住民たちの姿を垣間見たり、明るい海など、すっかりオーストラリアびいきになりました。

  
Mt.クーサーにて            スプリングブルック国定公園で     カランビン野鳥園にて
   

「シドニー」 Mrs.Macqaries Chair      オペラハウスを背景に       ムービーワールドにて      ブリスベン ウールネット観光園にて



2002年6月14日~19日  ニュージーランド家族旅行

半年後に迎える還暦を祝って、息子とお嫁さんが計画してくれました。 団体ではない個人旅行の経験が、次の
「カナダ一人旅」への大きなステップとなりました。


2002年9月1日~10月1日 カナダ一人旅(約1ヶ月間) 

急に仕事を失くしたのが海外一人旅を実行する直接原因でした。予ねて、60歳までに海外長期滞在をと夢見ながら、
無為に過ごしてきた自分。
「時間・お金・周囲の条件」と3拍子揃ってしまうと、これはもう行くしかない。無理やり行き先を
未知の、
「カナダ」と決めました。
何も知らないカナダについて、 私の
インターネット検索が始まりました。 何かしらぼんやりとカナダの国が描けてきたら、
後は微に入り細に亘り現地の バス時刻表まで取り出して計画を練りました。
準備期間約2ヶ月、私のカナダ一人旅は、このときすでに始まっていました。


★レポートカナダ一人旅に詳しい内容を記しています。ほとんど現地ツアーに参加せず、自分の目と足で確かめた
オリジナル記録です。ぜひ、ご一読ください。


2006年6月21日(水)~7月4日(火) アメリカ東海岸の旅

アメリカ横断の一人旅を計画中、同行することになった彼女達の希望を入れたら、結局スケールを小さくして「アメリカ東海岸2週間の旅」となった。
日本でも一人ではレストランに入れない私としては、今度こそ旅慣れたお二人の力を借りて、従来のような貧しい旅ではなく、何度かは服装もそれなり
にして、レストランで美味しい現地料理を賞味できるというのが一番の魅力だった。ところが、旅の初めに体調を崩してしまった私が出鼻を挫いたのか、
彼女達のけちんぼ精神を俄然奮起させてしまい、ずうっと最後までスーパーで買物してはユースのキッチンで食事するという、今まで以上の貧乏旅行
となってしまった。今回のコースは

ボストン2泊⇒ニューヨーク3泊⇒ランカスター1泊⇒フィラデルフィア1泊⇒ワシントンDC2泊⇒アムトラック車中1泊⇒シカゴ2泊
の全12泊であった。今までの自然志向とは大幅に異なり、一般的な大都会ばかりだったが、そこはやはり一味違う旅に仕上がった。
(別のページ「アメリカ東海岸の旅」に詳しいレポートを書いています。ぜひご覧下さい。)



台湾3泊4日の旅2005年10月1日~4日(6人兄弟姉妹水入らず旅行)


初めてで最後の旅行になるかも知れない、兄弟姉妹水入らずの旅。平均年齢62歳の6人兄弟が、お互い元気なうちに3泊4日
の寝食を共にして、子供の頃に返ってみようという試み。長年、家庭の長となり、りっぱに暮らしてきた兄や弟、主婦の鑑とさえ
思われる姉、と皆立派だが、一瞬にして昔の兄弟の姉・兄・弟となり、やはり長姉・長兄は弟や妹に対して威厳がある。他人の
中では世話役に回る私も今回は最も気楽な無責任身分。それにしても、みんな明らかに高齢者。お互い元気で会えるのはあと
何年だろう?

第1日目 関西空港19:55⇒台北21:55(台風19号台湾を直撃)

誰だ、兄弟の中で日頃の行いの悪いのは?台風で飛行機が飛ぶかどうか分からないジャン。ムッ、ワタシ?(ショボン・・・)
かろうじて便は予定通り台湾の中正空港へ到着。すでに風雨の中、取り合えず圓山大飯店へチェックイン。(このホテル台湾で
1・2を争う超豪華ホテルだった。3連泊。)
外の嵐にはお構いなく、我々は深夜遅くまで、両親との思い出話にふけっていた。


   
ホテル圓山大飯店入口   中正紀念堂      中正紀念堂の衛兵交代儀式 

第2日目 午前中ホテルで待機。午後観光巡り。

ホテル10:50⇒鼎泰豊(昼食)⇒中正紀念堂⇒龍山寺⇒ショップ⇒ホテル⇒丸林魯肉店(夕食)⇒ホテル20:00


午前中は台風様のお通り。観光前に先ず昼食。バイキング朝食でお腹いっぱいだったのに、小籠包や紹興酒が出てくると、
勝手に手と口が動き出す。台湾料理を満喫。
現地添乗員さんうまく時間を合わせて、中正紀念堂では有名な衛兵の交代儀式を真前で見学。1時間おきの交代だが、その間、
瞬きも許されないとは衛兵さんがお気の毒。銃を持ち替える動作の鮮やかさ、すばらしいデモンストレーションだった。
夕食では10年物の紹興酒をチョイスして、昼の3年物と比べて見たが、より熟成度が感じられた。
さすが台湾、食事には超満足。夜はまた兄の部屋に前員集合して、思い出談義。


第3日目 観光めぐり

ホテル8:50⇒忠烈詞⇒仇分海岸・非情城市⇒昼食(石鍋料理)⇒故宮博物院⇒ショップ⇒ホテル15:00


朝一の忠烈詞の衛兵交代儀式もタイミングよくいい場所で見れた。昨日と同様のパフォーマンスだが、これが台湾のステータス・こだわり
かな?とにかく見事に訓練されている。
九分海岸は全土の北東に位置する。映画「非情城市」の舞台となった町らしいが、遊郭などのある下町風情で、今は昔の世界らしい。
昼食は石鍋料理。最後の「おじや」が美味しかった。しかしほぼ似かよった毎日の料理かなぁ。
一番の見もの「故宮博物院」は工事中で、一部だけの公開だが、それでも膨大な展示で、疲れた。中の一室で日本語でビデオ説明さ
れていたのには驚いた。
例によって夜は兄の部屋に集合。そろそろ思い出話よりも、地上波デジタルと衛星放送の違い、株価などの話題に変わってきた。


   
 
   
                                    
映画・非情城市の舞台  
   
                 
 
  
                                   ホテルのロビーで
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第4日目 帰国 中正空港8:10⇒関西空港11:50 解散


2017年5月9日(火)~17日(水) 【アメリカ西海岸の旅】 (阪急トラピックスツアー参加) 
全く予定していなかった「アメリカ西海岸9日間の旅」、4月の初め頃にITリーダー時代の仲間から急に話が飛び込んできた。何でも4人グループの一人が都合悪くなり、困っているそうだ。キャンセル料や、一人部屋代追加で12万円も要るらしい。私的には以前から行きたかった所だし、いくらかのお役に立てるのは良いことだし、この機会を逃したら多分死ぬまで行けずに終わるだろうし・・、というわけで承諾。出発まで1か月しかないので、すぐ準備にかかった。パスポートが今年の7月末頃で切れるので、帰国予定日から3か月の余裕期間には少し足りないが、一応OK。ESTA(ピザ)申請は自分でするべくネットを探したら、「在日アメリカ大使館」のつもりが代行業者のページで入力してしまい、余分の代金を払う羽目になってしまった。その代わり、海外旅行保険はauで格安に済ませた。9日間ともなると特大のスーツケースを考えたが、途中で2度アメリカ国内機での移動があり、預け荷物代各25㌦が自前となっているので、何とか機内持込大のスーツケースで間に合わせられないかと思案。嵩張らず、皺にならず、軽い素材の服を選び、替えの靴やスリッパも入れて、何とか9日分の着替えを入れ込んだ。持込み禁止の食料系は一切持たず、現地調達とした。実際、衣料だけなら結構手荷物大のスーツケースで間に合うのが分かり、今後の為にも参考になった。あとは防寒着と1日分の着替えや化粧品など、万が一スーツケース不着のトラブルに会っても当座間に合うだけのものを入れたリュックとバッグだけ。準備に明け暮れながらも、5月になると俄然鳥が賑やかになり、毎日昼間は鳥見、夜は写真を整理という、結構忙しい日が続いた。更に出発直前には金沢で珍鳥が出て、2度も行って結局撮れずに終わる羽目となり、疲れも手伝って、ちょっと厄介な風邪模様。本来知っておくべき現地の観光情報をほとんど調べる時間もなく、直前に医者からもらった7日分の風邪薬や元来下痢症の薬、湿布薬などを持参して、ついに9日間の旅に突入した。
【一日目】 5月9日(火)

伊丹空港11:30→12:40羽田空港→(リムジンバス)→成田空港17:25→(10時間)→現地時間5/9 AM11:30サンディエゴ空港→(専用バスにて市内観光)→サンデイエゴマリーナ→オールドタウン→フラワーフィールド→バス2時間半→ロサンぜルス・ダブルツリーバイヒルトンホテルカールソン(泊)

定刻に伊丹空港へ集合。羽田経由成田まではまだ本番ではない。東京や愛知などからも各自で成田空港へ集合、総勢21名の団体だ。大阪組は我々4名のみ。一番キャッキャッとかしましく賑やかなグループと、初見で皆に印象づけてしまったようだ。3人は60代の現役ITリーダー、私だけが70代ボランテイア・リタイア組なのだ。普段無口な私から見て、やはりよく笑うことは周囲を明るくして良いものだとつくづく実感。ともあれ一番に添乗員さんに覚えられたようだ。飛行機の座席はそれぞれ通路側に箱形に陣取って長~い12時間を過ごす。離陸後間もなく飲み物を配りに来た。前列の人が赤ワインを選んだ。私も飛行機では白ワインを頼むことが多い。でも今日は赤にしてみよう。おつまみのスナック菓子を食べては赤ワインをチビリちびり・・。緊張がゆるんで映画を見る。「ダイハード」、アクションものでやはり普段にない自分がそこに居る。長い機内の時間、調べ損ねた現地の観光地を小冊子で下調べしておけばよいのになぜかそんな気にならない。ケセラセラ、ワインの所為だろうか・・。居眠りをしたり、食事をしたりを繰り返し、やがてサンデイエゴ空港に到着。雨の予報だったが幸い上がっている。荷物受取りが済むと待機の大型バスで市内観光。座席に余裕があり、2座席を一人で使えるのがありがたい。ガイドは素敵な日本人2世こと松ちゃん。軽快な話しぶりの中にもしっかりと歴史・地理等造詣が深い。勉強不足のまま本番を迎えた私には大変ありがたい。途中バスの中で昼食のサンドウィッチと現地の紅茶が配られるがなぜか2・3口頬張ると満腹感。バスには冷やしたミネラルウオーターをいつでも1㌦で買えるように用意してくれている。スーパーで買ったら1ドル半位なので有難い。ふと見ると満開の青紫の花が窓外を何度も行き過ぎる。どうやらジャカランタというアフリカ原産の花らしい。走ること約Ⅰ時間、バスが最初に着いたのはサンデイエゴマリーナ。全員イヤホンをつけるよう指示。説明を聞き漏らさないのと迷子になるのを予防している。これは昨年ロシアに行った時も同じ方式だったと懐かしく思い出す。マリーナは南国らしく明るい日差しで海が眩しい。停泊する大船舶は有名な○○号らしい。外国らしく、大胆に抱擁する海兵と女性の巨大像を背景に皆が記念写真を撮っている。バスに戻り、次はオールドタウン、そしてフラワーフィールド散策へ。予定表にない所まで目いっぱい案内してくれて、その後は約200km離れたロサンゼルスへとバスは2時間半をひた走る。飛行機での疲れで皆一様にお休みモード。ホテルに到着し、部屋割りの後すぐに夕食。サラダ、シチューとまでは良かったが、メインデイッシュのお肉が出て、ほゞ全員、食べ残し。硬くてまずい肉だった。
    
 成田空港 ここは初めての利用    サンデイエゴ空港           サンデイエゴマリーナ 空母ミッドウエイ号?         
     
 オールドタウン 昔の馬車や生活用具が展示され、立派なインデイアンの頭冠羽飾りや骨とう品の展示などもあった      教会
    
 ジャカランタ満開(アフリカ原産の花?) イエローエルダー              フラワーフィールド 満開時期は少し過ぎたよう・・
    
 ダブルツリーバイヒルトンホテルカールソン  ホテルでの夕食は先ずサラダ     シチュー クラッカーを散らして    ご飯とお肉 肉が硬く大半を残す人続出
【二日目】 5月10日(水) 

ホテルで朝食・出発8:00→ロサンゼルス市内観光(サンタモニカ・ビバリーヒルズ・チャイニーズシアター)→中華料理の昼食→バス430km・4時間半→ラスベガスへ→ホテル・ゴールデンナゲット→ホテル内ツアー→19:00~夜はラスベガス自由散策→ピザ店で夜食→ホテル(泊)

時差で体内時計と現地時間が合わない。日本時間では夕方前に就寝、真夜中に起床てな感じ。しかも引きづっている風邪が眠ると咳き込む。ここ1両日はしっかり薬を飲むべしかな?今日はラスベガスのホテルになるので、荷物を整理してからバイキング朝食へ。いつもながら取り過ぎて皿は山盛り、必死で食べて満腹以上。
さて、出発は8時。今日の予定は盛り沢山。最初はサンタモニカピアのパシフィックパークを眺め、パームツリーの並木を歩く。次はバスでビバリーヒルズを走る。閑静な高級住宅街が広がり、すぐ近くの映画の都・ハリウッドで活躍しているスター達の華麗な日常がそこにあるのだ。ガイドさんの面白可笑しい話が展開するうちに、バスはチャイニーズシアターへ到着。観光地で、特に有名スター達の手形・足形・メッセージなどを記した膨大な敷石が大人気。かつての名シーンを思い浮かべながら、その手のぬくもり、足の動きを実感する。そして昼食は中華。久しぶりに馴染みの美味しさ。ただ、量が多すぎて、これこそ夕飯にお持ち帰りしたかった。この後はラスベガス迄430km、4時間半をひた走る。時差ボケ解消には時間帯を気にせず、自然体で眠ってしまうのが近道だとか・・、とのガイドさんの言葉に甘えて、有益な話もそこそこにいびき組まで・・。
1眠り・2眠り終えた頃、バスは俄然活気づくラスベガスへとやってきた。窓外に流れるビルの林。現大統領のトランプインターナショナルホテル、是非行ってみたかった恐怖満点のストラスフィアタワーサーカス・サーカスなど、今晩が楽しみなストリップ街を眺めながら今夜宿泊のゴールデンナゲットホテルへ到着。超豪華ホテルで、迷子にならないよう、まずホテル内ツアー。入口からホテル内のカジノを通って、有名なショーが行われるアーケード側の入口まで。4・5所もある入口を間違えると、たちまち自分の居場所が分からなくなるのは必定。案内された場所を確実に辿ってロビーに戻ればエレベーターで部屋へ。疲れたぁー、靴を脱いだら即ベッドに大の字。一休みしたら今回一番のお楽しみ、ラスベガス自由散策。\20,000もするオプションより、自分たちでメイン通りを自由に歩いてみたい、生のラスベガスを満喫したい!というわけで、ホテルから100m先にあるバス停で、先ずワンデイチケットの買い方から。幸いここまでは添乗員さんがフォローしてくれた。なので目的地のルクソールで無事降りられたときはホッとした。
夜の街は昼間バスから見た光景とは180度違う世界。街が七色に輝き、建物が呼吸している。ラスベガスとは、ホテルの集合体であり、各ホテルをつなぐモノレールが時折目の前を流れていく。ニューヨークの自由の女神パリのエッフェル塔など、さながら世界のテーマ館。時間が過ぎるほどに風が涼しくなり、ベラッジオの大噴水ショーが吹き上がる一部始終が終わる頃には急激に空腹感が来た。レストランはイマイチ入りにくいし・・、と目についたのがピザの店。恐る恐る入って物色し、生地とトッピングを選んでその場で焼いてもらう。かなり大きいので4人で2枚を注文して、シェアする。空腹も手伝って美味しい!お会計はお一人様6.3㌦。添乗員さんの話だと、レストランに入れば40~50㌦は当り前だと聞いていただけに超安上がりにびっくり。とにかくお腹も落ち着いて、さて、と正気になると、もうホテルへ戻るべき時間だと気づいた。一番行きたかったストラスフィアタワーへはもう少し時間がかかるし、まして人気のアトラクションなど無理。あれもこれも予定は未定と諦め、すぐにバスでホテルに帰る。丁度有名な、アーケードでの光と音のスペクタクルショー、「フリーモント・ストリート・エクスペリエンス」のフィナーレ中。アーケードの天井を人が次々にワイヤーを伝って猛スピードで滑り抜けていく。このダウンタウンでのミッドナイトイベント、華麗というか、壮観というか、さすが、ラスベガスの夜は永遠・・。
    
 サンタモニカ・ピア パシフィックパーク  山の上に「HOLLYWOOD」の文字が・・   チャイニーズシアター      有名スターの手形・足形など       
    
 【ラスベガス】(バスの窓から)トランプホテル ストラスフィアタワー    (夜の自由散策)ルクソール(手前はモノレール)         
    
 ニューヨーク・ニューヨーク     ベラッジオ 噴水ショーの最中    パリス                 夜食はピザの店で
    
 ホテル前のアーケードで光と音のスペクタクルショー。天井を人が猛スピード。    宿泊ホテルゴールデンナゲット  ホテル名由来の金塊
【三日目】 5月11日(木)

ホテル朝食・出発8:00→バス260km・3時間→ザイオン国立公園・ウエストテンプルなど→昼食(後、鳥が居た)→レイクパウエルの町ペイジヘ→アンテロープキャニオン→ジープに分乗して洞窟へ→ホースシューベント→バス→コートヤードバイマリオットページアトレイクバウエルホテル(泊)


夕べ遅かったので、朝食6時半はつらい。毎日ホテルが変わるので部屋を出る前に荷物を室外へ出しておくと、バスの運転手が運んでくれる。
今日の予定は先ずザイオン国立公園から。何億年の歴史を秘めた(Virgin River)バージン川の渓流沿いに走っていくと次第に巨岩奇岩が現われてくる。一番有名なのは「ウエストテンプル」(西の寺?岩の上に建つように別の岩が乗っかってるのを言うのかな?)案内によると「標高2280mの大岩壁」とある。また、
チェッカーボードメサという岩肌に碁盤状に筋目(風紋?)が入った岩(写真を拡大しないと見えないけど・・)など、ユニークな岩がいっぱい。ちなみに、このザイオン国立公園は、明日の上から見下ろす「グランドキャニオン」に比して、下から見上げる景観美として西海岸の双璧と言われ、評価は大きい。
昼食はイーストザイオンのレストランで。食事中窓の庇に鳥影が見えたので、食後出発までバードウオッチング。1~2種でも居ると嬉しい。
さて、次は「アンテロープキャニオン」。旅行前の注意事項で、「狭いのでバッグ携帯不可、貴重品のみポケットに入れて、汚れてもいい服を」となっていた。いったいどんな所かと思っていたが、砂漠のど真ん中、砂煙がひどいのでサングラス・マスクは必携かな?しかし岩窟の中は思ったより広い。ここは「レイクパウエルへ流れ込む支流が砂岩を削ってできた幻想的な峡谷」とある。岩肌がらせん状に削られ、様々な形に見えてくる。熊や鮫・ジョーズなどを背景にガイドさんがイチイチ写真を撮ってくれる。岩窟に射し込む微かな光を辿って出口へ。全員が出たところで、ちょっとしたパフォーマンス。小さな砂山を作り、てっぺんに水を注ぎ、水で出来た窪みの周囲の砂を掻き分けると一瞬にして土の茶碗が出来上がり!もろいかと思いきや、頑丈に固まっている。なるほど、この岩窟は水の浸食でどんどん形を変えていったのだ・・。
バスに戻り、明日の予定を前倒しして、夕刻までホースシューベント観光。そもレイク・パウエルとは、コロラド川を堰き止めた全米第2の人造湖。そのダムの下流で、コロラド川が馬蹄の形に急カーブを描く場所がホースシューベントなのだ。赤いはずの水がグリーンに澄んで見えるのも不思議。ここへは片道20分のハイキングで行く。高低差もあり、砂地だから歩きにくい。しかし着いて、重なる岩場から馬蹄形の川をのぞき込んだら納得。手前の先端が深く岩に食い込んで、どうしても馬蹄形が欠けてしまう。色々な岩から写真を試してみたが、多分空からしか完璧な形は撮れないだろう。日差しが段々傾いて、自然は一層神秘性を帯びて来る。朝からいろんな岩の饗宴を見て、驚きの連続で興奮気味。そして今日のホテルは何日も延々と続く砂漠の中の小さな町・ペイジにある。周りには数件のホテルがあるだけの静かな所だ。
     
 朝食はホテルで         昼食はレストランで    レストランを出たら鳥が居た・・。
     
 ムラサキマシコ♀?少し離れた場所に居た                     ゴマフスズメ?       右・ウエストテンプル?
     
 【ザイオン国立公園】        ウエストテンプル 他に「天使の舞い降りる岩?」など奇岩の数々が続く。                      
     
 Big Bend 後は「白い王座」?     チェッカーボードメサ・岩肌に碁盤模様   移動中放牧風景も        アンテロープ前の広場           
     
 【アンテロープキャニオン】 入口 中は狭く、ド迫力の圧迫感 浸食して様々(熊・シャチ等)に見立てられる  砂の滝もある    出口だ、深呼吸!
    
 【ホースシューベント】       足下に食い込む馬蹄形を見たいが、怖い!  壮大な自然に西日が・・・    ペイジの町近くの火力発電所
【四日目】 5月12日(金)

朝食前にバードウオッチ→ホテルで朝食・出発8:00→バス180km2時間半→モニュメントバレー→昼食(ナバホ族の伝統料理)→バス290km3時間→グランドキャニオン→レッドフェザーロッジ(泊)


珍しく予定より早く目が覚めたので、朝食前にホテルの周囲をバードウオッチしていたら、頭から胸が赤い鳥を見つけた。結構いい所に止まり撮りやすい。また地面にイエスズメやウサギまで見つけた。思わぬ収穫に気を良くし、食事後も出発迄また鳥見。再び赤い鳥が出てきたり、シラコバトや別の種類の鳥も撮れて、帰ってからのお楽しみができた。
さて、今日の一番目の観光はモニュメントバレー。ガイドさんの説明ではやたら「ナバホ族」という言葉が出てくる。調べてみると、「モニュメントバレーはアメリカ原住民・ナバホ族の聖地であり、アメリカ西南部のユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がる地域の名称である。メサといわれるテーブル形の台地や、浸食がすすんだビュートという岩山が点在し、あたかも記念碑・モニュメントがならんでいるような景観を見せている。それはアメリカの国立・国定・州立のいずれの公園でもなく、ナバホ族居住地であり、まさしくナバホNation(国家)の管轄のもと公開されている。彼らは自分たちでアクセサリーやオブジェを作り販売して生計を立てている。」と・・。ここまで読んで、私はとても後悔することが一つあった。丁度スリーシスターズを背景にしたところで質素な出店があり、トルコ石のネックレスがとても気に入って買おうかと迷ったが、時間に押されて止めてしまった。他所でも買えるけれど、ここ本場で買うべきだった・・と。
昼食はナバホ族の伝統料理で一見タコス風。インドのパン・ナンの上にたっぷりの豆と、レタス・野菜・チーズなどをのせたもの。あっさりしていて私的には美味しく食べ易かった。
さぁ、次は今回旅行の目玉ポイント・グランドキャニオン。昨日行ったザイオン公園に比べ、上からの見下ろし目線の景観を余すところなく見せつけて王者の風格。最初に一番西の展望塔へ上り360度を眺める。無言の大自然が何億年の歴史を物語る。元は地層の隆起によりできたコロラド高原の、中を走るコロラド川により、たゆまぬ浸食が作り上げた、全長460km、深さ1600mの大渓谷。各年代の地層による色のグラデーションが絶妙。ここには生命の息吹を示す緑を寄せ付けない厳然たる岩稜のみの世界がある。時折、コンドルやハヤブサが飛ぶ姿がせめてもの生きている証。とはいえ、我々が歩く公園はそれなりに木々があり、小鳥の♂♀が止まるのを見ることもできたのだが、、。小1時間の自由時間にはハイキングコースを歩いたり、ブライトエンジェルロッジを撮ったりした。
連日の観光に、気になる風邪は薬が切れると急に体調が崩れるようで、なかなか薬を止められない。もう元気になってもいいはずなのに・・少々不安。今日の夕食は自由食なので、ホテルへ着いたら近くのレストランに行く予定。だが、部屋に入るとすぐ眠りたい、のを我慢して皆と出かけたが、入ったのはマクドナルド。ビッグマックとジュースを頼んで8.3㌦。場所柄でかなり割高。フライドポテトを付けたら確か12㌦位?毎日のように食事に付くポテトなので私はパスしたが、本当アメリカ人はポテトが好きなんだね。明朝は朝日ツアー、早朝4時半出発はきついー。
     
 ムラサキマシコ♂ ホテルでの朝食後、出発までの少しの時間にバードウオッチ。一番に見つけたきれいな鳥!
     
  これは?                             ジュズカケバト(=シラコバト?)首の後の黒帯が数珠をかけているよう   ○○?ウサギ
     
 イエスズメ♀         イエスズメ♂                     【モニュメントバレー】スリーシスターズ    キャメルビュート           
    
 どこかの星に降りたような宇宙感に心が漂いそう           ナバホ族が売るアクセサリー(後の岩・3姉妹) 昼食はナバホ族の料理     
     
 【グランドキャニオン】 展望塔    高原を流れるコロラド川の浸食により4000万年を経て形成された偉大な産物 
     
 ハイキングコースを少し歩く    ブライトエンジェルロッジ      ムラサキマシコ?も居た     レッドフェザーロッジ  
【五日目】 5月13日(土)

ホテル4:45出発→日の出5:45朝日鑑賞→ホテル近くのレストランで朝食→自由行動(私は体調悪く薬を飲んでホテルで休む)→ホテル出発10:00→バス4時間半→フェニックス空港(1時間半遅れて)18:30発→20:30着サンフランシスコ空港→バス→23:30ダブルツリーバイヒルトンモデストホテル(泊)


今日はグランドキャニオンの朝日鑑賞の後は、ほゞ移動のみ。眠いのを断ち切るように飛び起きて、すぐ準備。外は暗く、寒い。バスに乗り込み次第に空が薄っすら見えだして、マザーポイントに到着。すでに多くの人が待機している。日の出の反対方向には白い小さな月が我々を見下ろしている。長いダウンコートを着ているがすぐに寒くなり、予備のウインドブレーカーをさらに羽織る。やがて日の出が始まる。カメラの設定がまずい。夜景モード?逆光モード?あっという間に稜線から太陽が上がりきる。次第に周りが鮮明になり、各自好きずきに記念写真撮り。だがどうしても上手く撮れない。
6時過ぎにはバスでホテルに戻り、近くのレストランで朝食。その後はオプショナルツアーでヘリコプター遊覧飛行だが、我々はパス。近くをブラブラ歩こうということだが、私は体調不良限界で、部屋へ戻りベッドに倒れ込んだ。1分を待たず眠り込んで、起こされるまで熟睡。この眠りが体調を取り戻したようだ。この後は一路サンフランシスコへとバスと国内便の移動オンリーなのも良かった。
フェニックス空港では気になっていたスーツケースの機内持込みもすんなりOK。ただ出発が1時間半も遅れたが、かえってのんびりできたし、サンフランシスコ空港から夜の市内を経てヨセミテ寄りのホテルに着く頃にはほゞ体調は正常になっていた。遅い到着にホテル側は嫌な顔なく対応してくれて、何よりロビーに用意されたミネラルウオーターに様々の生野菜を小切りにして入れた、ほんのり野菜味の冷水がとても美味しく、身体にしみ込んだ。さぁ明日はヨセミテ観光だぞ!
    
 グランドキャニオン朝日ツアー 夜明前は月の出番                 5時45分日の出が始まる    徐々に明るくなる大スケール
    
 その後、レストランで朝食        フェニックス空港へ向かうバスの窓外    遠くに雪の山が見える        飛行機の窓からも雪山が・・
【六日目】 5月14日(日)

ホテルで朝食→ヨセミテ国立公園→18㌦チケットで各自昼食→ハイキング→ホテルで夕食→ダブルツリーバイヒルトンモデストホテル(泊)

案内によると、「ヨセミテ国立公園はイエローストーンやグランドキャニオンと並ぶアメリカ三大国立公園の一つであり、1984年にユネスコ世界遺産に登録された。およそ285,000㎡と、東京都の約2倍の広さで、豊富な水量と巨大な花崗岩が織りなす岸壁と渓谷・滝、緑豊かな森など、様々な顔を見せている。しかし人の手が入っているのはごく一部で大半は手つかずの自然が残されたままとなっている」と。特筆すべきは滝で、ヨセミテ滝を含む3つの滝が落差世界トップ20にこの公園から入っているという。前置きはさておき、グランドキャニオンとは全く異なる景観で、むしろ癒しの部分を多く感じたのは私だけではないだろう。ゴツゴツした厳しい岸壁も多いが、何よりも緑豊かで、みずみずしさに溢れ、岩にもどこか慈愛を感じてしまう。
一回りした頃お昼になり、各自18㌦チケットを持たされて、カフェレストランで好きなものを選んでレジで支払し、食べるという変わったやり方をさせられた。食事の度に少ししか食べられなくて残すばかりの私にはいい方法だと思いながら、結局13㌦しか使わずに終わった。他の人はおやつのチョコレートやクッキーを買い足して18㌦目いっぱい使うようにレジでアドバイスされたとか・・。私もそうすれば良かった・・。ともあれ、自分で選んで、レジをして、食事をするという方式はとても有益な経験になると実感。もっと早くにもこの方式でやってほしかった。
さて、昼食後は駐車場の関係で、急きょハイキングすることになった。小1時間、ほゞ平坦なコースをゆっくり歩く。途中ヨセミテ滝が見え隠れしたり、ハーフドームが遠くなり近くなり、またライラックの花やヤマボウシの花が咲くのに手を触れていい匂いを嗅いでみる。ふと見ると、腹の赤いツグミっぽい鳥が居る。(帰って調べたら「コマツグミ」だった)ハイキングでなければ感じられない生の自然に触れながら、私は楽しくて仕方なかった。が、終わって皆の顔を見たら、それなりに疲れた表情の人が多かったかも・・。主催者が思案するのはこういう部分なのだなぁ、ブツブツ・・・。
今日は丸々ヨセミテ公園だけの観光で、ホテルへ帰ったら夕食にちょうどいい時間。昨日もサンフランシスコ空港からの途中のレストランで珍しく日本人好みの食事だったが、引き続き、今日も久しぶりのポークが柔らかく、とても美味しかった。今回唯一の2日続けて同じホテルなので、荷物の整理が無く、久しぶりにゆったり気分。どうやら風邪っ気もやっと影を潜めてきたようだ。

    
 【ヨセミテ国立公園】 ヨセミテ滝 3段階からなり合わせると世界5番目の高さ  ブライダルベール滝          ハーフドーム
    
トンネルビュー・左エルキャビン・中ハーフドーム・右ブライダルベール滝を一望。 緑と豊富な水量のヨセミテ公園を、ラッキーなことに、予定外にハイキングできた。
     
 コマツグミ ハイキングの途中で見つけた。                       ライラックの花      美味しかったポークソテー             
【七日目】 5月15日(月)

ホテルで朝食・出発8:00→バス(2時間)→サンフランシスコ市内→ゴールデンゲートブリッジ(各自自由に橋を歩く)→フィッシャーマンズワーフ→(自由行動)ケーブルカーに乗って、チャイナタウン駅で下車→チャイナタウンを通り抜け港まで散策→ワシントンスクエアーで立派な教会に出会う→昼食はクラムチャウダー→スーパーで買物→16:30ピア39へ集合→(バス)→サンフランシスコ空港19:00→20:35ロサンゼルス空港→バス→22:30シェラトンガーデングローブホテル(泊)

 
例によって朝食後はホテルの前でバードウオッチング。今日は、ブルーと白のツートンカラーのアメリカカケスがたくさん居た。多分ここではありふれた鳥なのだろう。
さて、昨日は一日ヨセミテ公園だったが、今日は本場サンフランシスコ観光。一昨日は夜も更けて真っ暗な市街を走ったバスも今日は明るい日差したっぷりのサンフランシスコ市中を港へ向かう。振り返ってみると、今回の旅はずっとお天気に恵まれてきた。お陰でいずれの観光も最善の状態で見ることができたことになる。旅をする上でこれほどラッキーなことはない。今日も、陽光たっぷりで、まさしくサンフランシスコらしさを満喫できるだろう。
バスはガイドさんの説明を聞きながらゴールデンゲイトブリッジに到着。大勢の観光客で賑わっている。小1時間、各自自由に橋を渡る。全長5~6kmもある橋なので、当然1/3~1/4程度、ほんの20分位歩いたら引き返す。サイクリングの外国人がとても多い。私も個人旅行ならレンタサイクルで颯爽と走るのだけれど・・・。以前、明石海峡大橋をマラソンしたり、しまなみ海道を自転車で走った時のことがよみがえる。
時間はあっという間に過ぎて再びバスの人になって、フィッシャーマンズ・ワーフへ向かう。ここもゴールデンブリッジに劣らず人で溢れている。ここでもオプションに入らない我々は再び自由行動となり、集合は16:30、ピア39が集合場所。すぐ傍に大きなカニの爪の目印があるので分かりやすい。湾内には驚くほどのアザラシが所狭しと身を寄せ合っていて、ちょっと異様な感じ。
私たちはまず昼食のクラムチャウダーを食べる店を探しに行く。海岸沿いに西へ向かうとお店が次々にでてくる。雑踏とも言えそうなごたごたした中に、同じようにクラムチャウダースープやカニ・パンを売っている店がいっぱい。一応よさそうな店を決めておき、添乗員さんおすすめのショップ「TRADER JOE’S」をのぞく。私としては今日夕方には再び国内便に乗るので、荷物になるお土産はまだ買いたくないので、見るだけ。いよいよ目標のケーブルカーに乗ってここぞと思う所へ行こうとしたら、誰も下調べをしてなくてどこへ行ったらいいのか分からない。私は今回の旅は完全に他人任せで、ただついていくだけなので無言。結局2人は止めてショッピングに行ってしまった。
私ともう一人はケーブルカーを選び、チャイナタウンまで行くことに。いざ行ってみると、港から大した距離ではなさそうで、帰りはブラブラ散策がてら歩こうよということになった。チャイナタウンはさすがに独特の雰囲気があり、安くて新鮮な店が並んでいるが、この地域はさっさと行き過ぎた方がよさそうな感じ。ふと見ると、バスから見た塔のようなビルが見える。通りがかりの人に聞いたら「Trans America Bulding」だと。とりあえず記念写真を撮り、また歩く。相棒は地図と睨めっこで、私はひたすら通りの名を確認する。やがて道が斜めに交差し、ワシントンスクエアらしき公園に出たら、そこには立派な教会がある。「聖ピーター&ポール教会」だ。ここでも記念写真を撮り、基本的に港へ向かって歩くと、間もなく大きなロンバート通りへ出た。眼下には港が一望。ここまでくると気分は余裕で、とにかく遅くなった昼食に早くありつこうと近道。クラムチャウダーは余りに有名で、「一度食べれば納得ものだね」等と言いながら一口・二口、やはり美味しい。昼食後は先に目をつけていたスーパーで荷物にならないようチョコレートをいくつか買って、バスにはジャストに集合した。終わってみればフルに楽しめた自由時間に大満足!
かくして今回の旅の全ての観光が終了。後はサンフランシスコ空港からロサンゼルス空港へ飛び、アナハイムのホテルで泊まり、明日は帰国するだけ。2度目の国内便、機内持ち込みのスーツケースは勿論OKで、2度の預け荷物代計50㌦をちゃっかり節約できて大いに納得。ただ、ここでも搭乗検査で靴を脱がされる羽目になった。往きの成田に続き2度目で、歩きやすい軽登山シューズが、靴底に何か隠してないかと疑われたのかな?
      
 ダブルツリーバイヒルトンモデストホテル  ホテルでの朝食    アメリカカケス 朝食後出発までにミニバードウオッチ
    
 【サンフランシスコ】 バスから見た港風景                   ゴールデンゲートブリッジ 強烈な印象の赤い橋
     
 ゴールデンゲートパークに橋の模型   フィッシャーマンズワーフ】 ピア39にはアザラシがウヨウヨ  街を見回るレンジャー隊  自由行動はケーブルカーに乗る
    
 チャイナタウン駅で下車。独特の雰囲気が。 トランス・アメリカ・ビルデイング         ワシントンスクエアに聖ペテロ&パウロ教会    ロンバート通りから港を一望
【八日目】 5月16日(火)

ホテルで朝食・出発8:30→バス2時間→サンデイエゴ空港(お土産を買う)13:20→12時間→(翌17日日本時間18:00)成田空港18:05→20:00伊丹空港→バスで帰宅

長かったような、短かかったような9日間の旅は終了。今日は一路日本へと帰国する。毎度のバイキング朝食も日毎に食べる品数が減って、ほとんどデザートっぽいものばかりで満腹してしまう。朝食後は例によって貴重なバードウオッチングの時間。ホテルを一歩出れば何かしらの鳥が居る。普通種のスズメやハト・カラスも所変わればまた違う一種になるので、見つけた鳥は片っ端から撮っておく。今日は今まで見なかったムクドリっぽい黒光りした鳥を偶然見れた。何だろう?(帰って調べたが分からない・・)
サンデイエゴ空港では搭乗検査でまたしても靴を脱がされた。これで3度目、何で? ともあれ検査を通過し、搭乗までの待ち時間に最後の仕事、お土産を買う。買い終わって、さぁ搭乗口へ戻ろうとしたら、スーッと横に来たゴーカート。「乗る?」と目で合図され、「FREE」の文字が目に入ったので友達と飛び乗った。20番の搭乗口まで意外に遠く、お土産買いにこんなに遠くまで歩いてたんだと再認識。降りて、お礼に折鶴を渡そうとバッグを開けると、チップ禁止だからと断りの合図だが、折鶴を見て喜んで受け取ってくれた。わぁ、楽ちんで、いい経験できて良かったぁ。
さて、飛行機で12時間も過ごすのは結構長い。映画を片っ端から見ては、ウトウトし、食事タイムで目が覚める。いつもながら機内食が私には一番口に合って食べ易い。食事前の飲み物は今回は白ワイン。お陰で少しは眠れたかな?成田到着が小1時間遅れたため、乗継の伊丹便に間に合うか?乗れなかったら今日中に帰宅出来なくなる・・。JAL係員に思い切り走らされてぎりぎりセーフ。「フゥーッ!」 それもこれも終わってみればみんな楽しい。お疲れ様~!

    
 シェラトンガーデングローブホテル   バイキング朝食もデザートっぽいものばかり  普通種っぽいけどこの鳥は?
     
                  ハトだが、ドバトでもないような?               左と同じ種類かな?
      
 ムクドリ風だが、もっと綺麗!                幼鳥っぽい・・(ゴマフスズメ?又はイエスズメ?)
    
 イエスズメ♀?                           シラコバト?          ハシボソガラス?

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2016年7月5日(火)~15日(金) July 5(Tues.)~15(Fri.) 2016

【オカリナ演奏と大自然に癒される】 
ロシア&フィンランドの旅  The trip of Russia & Finland

【一日目】 7月5日(火) 

関西空港(フィンエアーAY078)10:45発→14:55着ヘルシンキ空港(乗継ぎ時間3時間・空港内で買い物)→
ヘルシンキ空港(フィンエアーAY169)17:55発→19:05着(プルコヴオ空港)サンクトペテルブルグ→アンバサダーホテル(泊)

オカリナ七重奏・フィオーレの仲間7名とメンバーの夫2名の総勢9名の北欧11日間の旅が始まった。
初日はヘルシンキ空港で乗継ぎ、ロシアのサンクトペテルブルグまで実質(時差5時間を含む)10時間20分の飛行時間。途中2回の機内食。ワインやコーヒーを飲んだり、アイスクリームのサービスもあり、座席のテレビで映画を何本も見て、長~い機内時間を過ごした。ヘルシンキ空港から、更にロシアのサンクトペテルブルグ空港へ乗継ぎ、到着したのは夕方7時。まるで昼間の明るさなれど、残念ながら雨。しかも、ロシアでの3泊の滞留中ずぅっと雨ばかり・・。夏とはいえ、日本での真冬並みの寒さに皆震えあがった。

とりあえずはガイドさんの迎えでホテルにチェックイン後、遅い夕食をとりにすぐ近くの店に飛び込んだ。ボルシチは熱々の深い器から各自の皿に取り分ける。赤かぶらのシチューだが、サワークリームを加えるとぐんと味が引き締まり、冷えた体にジーンと美味しい。うん、これがロシアの伝統的な味なんだ・・・。かくして遠く離れたロシアでの一日は更けた。日本時間ではすでに明朝の頃に就寝。
     
 関西空港 出発前        ヘルシンキ空港 乗継時間に土産物店を物色 サンクトペテルブル空港 雨の着陸  現地で最初のレストラン
【二日目】 7月6日(水)

ホテルで朝食→エカテリーナ宮殿→昼食(レストランSOCHI)→ピョートル大帝夏の宮殿→土産物店→夕食(レストランKOLESO)→ホテル泊

ホテルの朝食はバイキング。好きなものを少しづつ取るが、どうしても食べすぎる。9時半にガイドさんが来て出発。いかにもロシア美人らしくて、慣れた様子でテキパキと案内してくれる。日本語もかなり流暢。マイクロバスで街を走っている間にも、次々に由緒ありそうな建物が現われるが、窓越しの写真はすべて雨粒だらけ。
そも、サンクトぺテルブルグという街はロシアのモスクワに次ぐ第二の都市。モスクワが政治の都市であるならば、サンクトペテルブルグは世界遺産につつまれた芸術都市。長くまっすぐに伸びる道は首都モスクワに繋がっている。世界遺産の筆頭エミルタージュ美術館は明日にして、今日は「エカテリーナ宮殿」を予約済み。雨の宮殿前は傘の行列。10時半開場で、歴史の重圧を感じながらおずおずと入る。まずは謁見の間。床から天井まで目を見張るモザイクの数々。周囲はほぼ全面金箔仕立て。見学者同士ひしめき合いながら、次々と歩を進め、次の部屋へ入っては驚き、更に進んではため息。ロシアという国についてまるで無知な私は、街並みといい、建物内部といい、ガーンと一撃カルチャーショックに打ちのめされた。表向きのロシアは想像を絶する立派さだ。
午後は「ピョートル大帝・夏の宮殿」へ。観光コースはほぼ決まっているのでここも人だかり。広い庭園は無数の黄金の噴水が散らばり、いかにも夏の宮殿。ふと見ると、日本では見ないカラス系の鳥が芝生をウロウロし、リスが道端で可愛い仕草で口を動かしていたり、カモメが時々上空を飛び交っていた。
    
 アンバサダーホテル         朝食はバイキング            9階のレストランから見える風景
    
 【エカテリーナ宮殿】前庭      宮殿入口                                  宮殿見学後、昼食
     
【エカテリーナ宮殿内部】 琥珀の間(大黒屋光太夫・謁見の間)          赤の間           緑の間      
    
 【ピョートル大帝・夏の宮殿】    庭園の中央には大噴水、周囲には150個の噴水と4つの滝がある
    
                        ハイイロガラス                                 リス
【三日目】 7月7日(木)

ホテルで朝食→エミルタージュ美術館本館→ホテルで昼食→イサーク教会→印象派美術展→血の上の救世主教会(スパース・ナ・クラヴィー大聖堂)→アレクサンドル・ネフスキー大修道院(墓地公園)→レストラン「FEODR DOSTOYEVSKY」で夕食→19:30~ミハイロフスキー劇場「眠れる森の美女」→ホテル泊

今日の予定は盛り沢山。バイキング朝食の後、「エミルタージュ美術館」の予約が第一番。10時半の開場まで川のほとりで写真タイム。帆船が停泊し、すぐ傍には船首の飾り彫刻をくっつけたレンガ色の円柱が川沿い百メートル?毎に立っていて、なんとなく奇妙。雨の中寒そうに小さな売店がいくつも並んでいる。やがて時間が来て、エミルタージュ美術館へ入場。昨日以上に混雑の中、汚れないように靴カバーを履かされて、滑って転ばないように進む。美術館だからフラッシュ禁止なのにカメラの設定がうまくいかず、携帯で撮りまくる。展示物もさることながら、昨日に劣らぬ建物自体の豪華さに目を見張る。ひときわ目立つ「黄金の鳥」には別にビデオが用意され、その羽を広げたり、回転する様を逐一再現している。本物が人だかりで邪魔されるので、皆ビデオのビデオを撮っている。あまりの広さと展示の多さに、ガイドさんから離れないように必死。一人では何が何やらまるで分からない。かくして雑踏の中の時間が過ぎて、あまりお腹もすかないのにいったんホテルへ戻り昼食タイム。午後は「イサーク教会」「印象派の美術展」更に「血の上の救世主教会」と矢継ぎ早に人並みをかき分けて回り、やっと静かな墓地公園を散策。ドフトエススキーを初め著名人のお墓が集結しているので、知っている名前を見つけてはシャッター。
その後大急ぎで夕食の後、夜の部のバレエ鑑賞ミハエロフスキー劇場へ。今日の演目は「眠れる森の美女」。ストーリーが分かっているだけに気楽に観る。洗練された華麗な踊りを見ながら、席が前列で下のボックスのオーケストラも良く見えて楽しい。しかし昼間の強行軍の所為か途中眠気に襲われたりも・・。
     
 ホテルの中でガイドさんと全員写真  帆船と、船尾飾りをくっつけた奇妙な円柱      川沿いの小さな売店    これは? 
      
 エミルタージュ美術館(屋上におびただしい彫刻)  美術館前の宮殿広場と屋上の彫刻           アレクサンドルの円柱         
    
 エミルタージュ美術館の中     黄金の鳥
     
                  ラファエロの回廊
    
 ホテルで昼食            「イサーク教会」 ここも驚くほどの豪華装飾。慣れっこの目にもまばゆい
    
 「血の上の救世主教会」 屋根が特徴  天井から床まで四方八方を埋め尽くすモザイクに圧倒される
    
 ドフトエスフキーの墓         チャイコフスキーの墓     夜はミハイロフスキー劇場でバレエ鑑賞「眠れる森の美女」
【4日目】7月8日(金)

ホテルで朝食→9:30出発→サンクトペテルブルグ駅10:31→(高速列車アレグロ)→13:58ヘルシンキ中央駅着・メンバーのいとこと合流15:30→(バス)→19:00ウルビァ(Urvia)→(タクシー)→20:00コテージ(Villa Helleranta)→自炊夕食→泊


今日は移動日。ロシアのサンクトペテルブルグからフィンランドのヘルシンキまで「高速列車アレグロ」に乗る。サンクトペテルブルグ駅構内は狭く雑然としていたが、とりあえず写真を撮っていたら、警備員に禁止された。??ロシアだから?車内でもいかつい軍服姿が見回っていて、途中でロシアからフィンランドへと国境を超えるときに出国審査が行われた。そこでな~るほどと納得。そういえば初日、飛行機内で書類に記入したり、着陸後の入国審査がややこしいはずのに、書類もなしで簡単にパスして拍子抜けだったのを思い出した。今出国に当たっても、列車の切符とパスポートだけで簡単にOK。「案ずるより産むが安し」だ。ヘルシンキ駅にはメンバーのいとこが迎えにきて、バス乗り場へ案内してくれた。
バス時間まで余裕があったので、私はかねて気になっていた携帯のシムカード(600円)をキオスクで購入し入れ替えた。(日本では「Mio」のシムカードを使っているので、ドコモなどとは違って外国では使えないのだ。)これでフィンランド滞在6日間はメール・ネットが使いたい放題。電話もホテルなど固定電話は驚くほど高いが携帯なら超安いのだ。シムを入れ替えた後の設定の仕方も調べてあって、とりあえず日本を発つ前に「データ送信禁止」をしておいた。しかし買ったカードの案内書はすべてフィンランド語か英語のみ。幸い英語に堪能なメンバーの一人が説明書を読んで設定してくれたが、Pinコード入力でつまづき、現段階では携帯使用不可のまま。
路線バスは延々3時間かかってウルヴィアに着き、更に大型タクシーで1時間、今夜の宿泊コテージに到着。コテージでは皆でバーベキューをした後、サウナに入る予定だったが、2棟のコテージに分かれ、バーベキューではなく、簡単な夕食の準備と後片付けだけで「疲れた~!」サウナは調子が悪く、洗顔と歯磨きだけで今夜は就寝。

【Jury 8】

beakfast in hotel-Depart 9:30-St. Petersburg Station 10:31-(High-speed train Allegro)-13:58Helsinki Station-(meet Tatuo)15:30-(by Bus)-19:00(Urvia)-(by Taxi)-20:00Villa Helleranta-Cook dinner by ourself-Go to bed

Today was moovinng day. We rode High-speed train Allegro from St. Petersburg to Helsinki. St. Petersburg Station is not big.
I was noted by security guard when I took a picture of inside station premises. Why? It's on
Russia,right? In the train, there're many guardmen and they held Departure examination when we crossed the border. Then, I agree with. The departure examination was so easier than I thought. It's OK with only ticket and passport. Well, we met Tatsuo at Helsinki Station. He guided us to the bus stop to Urvia. But there was a little time until bus start, and I bought sim card for 5€ at Kiosk. Because my mobile phone had to be replaced sim card on Finland. I was supposed to be able to use free my mobile phone during 6 days in Finland. One of my group member did setting my mobile, but she couldn't carry out work. Setting stopped at inputting Pin code. Ah, my phone didn't work!
Anyway Bus arrived at Urvia in 3 hours, and then we came to cottage
by taxi. We had to cook for dinner by ourseves at once. Eating and Cleaning up afterwards, We all were tired. Soon we went to bed. Good night!
    
 サンクトペテルブルグ駅      高速列車「アレグロ」からの車窓風景 ヘルシンキ駅到着の表示      ヘルシンキ中央駅
    
 木の教会              ウルビアからタクシーでコテージへ向かう途中の風景           コテージの内部
【5日目】7月9日(土)

コテージで自炊朝食9:30→10:00ハリアヴァルタ(Har javala)
エミル・セデルクロイツ博物館(THE EMIL CEDERCREUTZ MUSEUM)→12:00即興ピアノに合わせて創作絵画の実演→14:00(博物館ホールにて)フィオーレ・オカリナ演奏→博物館にて昼食→アンネさん宅へ→19:00Vampulan kirkkossa(バンプラー教会)にてフィオーレ・オカリナ演奏
教会にて夕食→コテージ泊

今日は旅行の一大目的、「フィオーレのオカリナコンサート」の日。お揃いの赤いドレスを持参して、会場のエミル・セデルクロイツ博物館へ10時過ぎ到着。時間まで博物館内をあれこれと見学。メンバーのいとことその友達の絵や彫刻を見て回り、更に奥まった入り口を入ると、年代物の素晴らしい絵画・彫刻がびっしりと展示されていて、ズシリと心に響くものがある。やがて先に「ピアノと創作絵画実演」のパフォーマンスが始まり、プロピアニストの即興演奏に合わせて、流麗な創作抽象画の筆が動き出す。軽やかに時折厳かに時間が流れ、爽やかなブルーの中に無数の大小の赤いアクセントが交差する絵が出来上がった。何を意味するのか・・・、勿論解るはずもない。終わって休憩後、いよいよフィオーレのオカリナ演奏が始まった。今年初めから予定に上げられていたにも拘らず、他の差し迫った曲ばかりに追われて、ほとんど練習できていなかったので、フィンランドの曲3つ、7重奏の2曲他全10曲ばかり、聞いていただいた皆様には申し訳ない出来栄えだったとは思う。ともあれ無事終わった後も、各フロアーで少人数に分かれて随意自由演奏をし、フルート演奏の飛び入りがあったり、結構楽しいひと時が過ごせた。
更に夕方は少し離れた教会で、ミサの前にオカリナ演奏を行う予定。本当はこちらが主目的の本番。今回のイベント担当のアンネさんは本番まで時間があるので、車でご自分の家まで案内してくださった。広い林を含む土地が自分の庭だそうで、小川には橋が架けられている。イチゴをいただいたり、庭のブランコに揺られてみたり、超リラックスの贅沢タイム。私は海外旅行必携の「折り鶴と5円玉」を差し上げて「You and I can meet again in the future, if you keep having this coin.」と言った。彼女に意味が良く伝わらなくて、英語ペラペラのメンバーが五円は「ご縁」に通じると更に説明を付け加えてくれた。イレーネさんは大変喜んでくれた。かくして教会の厳かな中でのオカリナ演奏も無事終了し、教会で夕食をご馳走になってコテージに戻った。サウナはやはり要領を得ず、かかり湯のみして、すぐベットに入った。一仕事を終えた後の安心感で、睡魔はすぐに来た。
【July 9】

breakfast at cottage 9:30-10:00 in Har javala THE EMIL CEDERCREUTZ MUSEUM-12:00 art parformance with improvisation piano-14:00 ocarina concert by Fiore-coffee break time by staff- drive to Anne's house-19:00 Fiore ocarina concert at Vampulan kirkkossa-snack time-return cottage

Today is Ocarina concert day of Fiore. We all wear Matching red dress and go to The Emil Cedercreutz museum at 10 am. We look around pictures and Sculpture in the museum up to time. The work are by Tatsuo and his brother. Insides room of museum there are a lot of works. They are so niced that I am impressed. On time art parformance with improvisation piano starts. tatsuo's paint brush drow freely with music. Quiet and amazing time finish and great work are showed off. It's like blue river and various red pattern. I feel refreshing mood. Next, our ocarina concert starts. First we play song of Finland,Finlandia,Nocturn etc. But we can't play well because we were so busy that we couldn't practice enough. And yet all audience applaud us grandly. I rather wish we say a thank you. After then we play some songs in a smoll group and in various places. When we finish our parformance, staff and Anne prepare a coffee break for us. It's so good. We have to play ocarina once more at evening inVampulan kirkkossa. Perhaps it's the main concert this trip. As there is some times until evening concert, Ms.Anne proposes us to drive to her house with us. Really? Three members and I enjoy driving to Anne's house. We are surprised at her wide garden. I can see her happiness with her hasband and cute cat. I present her Japanese 5 coin and Origami as my thankfulness. 5 coine(we call it GOEN=ご縁 in Japanese) meens posiblity of meeting again each other if she keeps having 5 coin. I wonder if she understand. Well she present nice bag to all us after concert. We are so grad. I hear bags are made by her sister. Please tell sister our thank heart. It is so exciting today, we are back cottage and go to bed soon.
    
 朝日の中のコテージ風景                            エミル・セデルクロイツ博物館  ピアニストMarkku Ylipää 氏
    
 アーチスト 星加 民雄 氏     音楽と絵画のコラボ作品      コンサート風景           コーヒーブレイク
    
 アンネさん宅の広い庭で   ブランコに乗って・・【教会で】フィオーレコンサートのポスター       夕食のサービスもあり
  
 教会での演奏後、記念写真              関係者の方たちと一緒に
【6日目】7月10日(日)

コテージで自炊朝食→エミルCedercreutzin博物館にて館野泉ピアノ演奏会→(タクシー)→19:00ポリのペンションへ移動→近くのリバーサイドで音楽イベントあり→夕食→ペンションでサウナ&シャワー→就寝

昨日の
博物館で今日は左手のピアニスト「館野 泉」氏のコンサートがある。実は約4か月に亘ったこの博物館での展示会のフィナーレともいうべきショーが昨日の「ピアノ&アート実演」や「フィオーレ・オカリナ演奏」であり、今日のピアノコンサートで完遂、閉会の運びとなる。この有終の美を飾るべき「館野泉」氏は、十数年前、やはりピアノコンサートで倒れ、右半身不随となり、その後左手だけのピアノ演奏を目指した。今ではレパートリーも増え、左手だけでよくぞここまでと思うほどの華麗な演奏を成し遂げられている。今日の全10曲はあっという間に弾き終わって、アンコール曲はなんと「赤とんぼ」の編曲。最後の挨拶の会釈の中にはうっすらと涙が浮かんでいたような・・。
博物館の館長さんや、事務局の方たちと名残を惜しんでいると、なんと、アンネさんが嬉しそうに昨日の五円玉をネックレスにして首に飾っているのを見せて下さった。「うわぁー」私は感激と驚きで言葉が出ず、熱い握手をし、思わずハグをしていた。
博物館を出て大型タクシーでポリへ着いたのは夕方7時頃。今夜宿泊のペンションのオーナーさんの勧めで川の側のレストランへ夕食を食べに出かけた。ちょうどリバーサイド音楽祭の日で、沢山の屋台や出店が出ていて、「PORI JAZZ」の幕があちこちに見られた。レストランではハンバーガー定食を頼んだが、私にはお肉が大きすぎて半分以上残してしまった。お腹いっぱいでブラブラ帰り、念願のサウナに期待したが、9名が順番なので大急ぎの「カラスの行水」以下でサウナの実感なし。結局は別室のシャワーで久しぶりに髪を洗った。12時過ぎ寝る前にふと外を見るとまだ結構明かるくて、慌てて白夜の風景を数枚撮ったが、後で見るとやはり写真としてはイマイチ。
【July 10】
breakfast at cottage-Emil Cedercreutzin Museum-Piano concert by Mr.Tateno-(Taxi)-19:00 pension in Pori-walk around enjoying music event on riverside-dinner in a restaurant-take a sauna-go to bed

Today there is a concet by Mr.Tateno. The exhibition event is held about 4 months in this museum, and finale is piano playing by Mr.Tateno.He became paralyzed on his right side, more than 10 years ago.But he practiced playing by only left hand really hard. Now he is a good player by using only left hand. We are really looking forward to it. All 10 programs finished with big applause and an encore is Japanese song "red doragonfly".(赤とんぼ) I'm about to cry. He seems to cry, too. By the way,I looked at 5 coin as necklace, Ms.Anne wear it, and I'm deeply moved.
How wonderful! Thaks Anne.
Then We moved to Poli by big Taxi. We arrived at pension at 7 p.m. and soon we walked around riverside. The event of Poli Jazz is held and We have dinner in the restaurant. We returned to pension and take a sauna. Before sleep I look out a window, it's not dark, a little bright. It's white night, right? So I try to take a picture, but it's not fine, you know. I'll sleep.
 
 ピアニスト「館野 泉」氏 左手だけとは思えない華麗な演奏を披露 演奏終了後、一緒にパチリ     建物の後は湖?
    
 ポリのペンション          川へ行く途中教会の屋根が見えた 夜9時前はまだ昼間のよう    ポリ・ジャズ 本番はまだ?         
     
 ハクセキレイ 博物館の庭で   ミヤコドリ ポリの民家で     ワキアカツグミ?道路脇で    ムシクイ??     ミヤマガラス

【7日目】7月11日(月)

ペンションで朝食→ポリ駅
900発→(鉄道2時間)→11:00頃タンペレィ駅着→ムーミン博物館(月曜休館)→昼食→タンペレィ駅16:02発→(鉄道)→17:33ヘルシンキ駅着→「セウラフィオネヘルシンキホテル」チェックイン→近くのレストランにて夕食→就寝


ポリでは1泊のみで、今日はヘルシンキへ移動。途中フィンランド第2の都市タンペレィで下車、人気のムーミン博物館へ寄る。駅で少し時間があったので、再びキオスクに寄り、携帯のシムカードの設定を訊くと、親切に教えてくれ、やっとPinコード設定完了。晴れてナビもネットも使えるようになった。「やったぁ!」早速ムーミン博物館をナビで探すと出てきた。「こっちだよ」と10数分歩いて目的地に来たのにそれらしきがない。通りすがりの人に聞くと、少し奥まった所の地味な小さな建物だ。喜んで行って見たら、休館日・・。皆一斉にガックリ。館の横手にギターをかき鳴らす若い男性が一人。メンバーが駆け寄りギターに合わせてオカリナを吹き出した。一段落して、男性は急に広島の「原爆許すまじ」の歌を知っているか?と言い出した。すかさず私ともう一人が歌いだした。ギター伴奏も加わって思い切り歌い上げた。どうやら男性は平和運動家だったようだ。嬉しいハプニングが終わって、駅へ戻る途中で、イタリアンのレストランに入り、昼食。食べて駅に着くとちょうど雨が降り出した。鉄道移動中も、ヘルシンキ駅に着いても本降りの雨。旅行最初のロシア滞在中の3日間はずっと雨だったが、その後フィンランドではずっと晴れていて久しぶりの雨だ。幸いホテルは駅から徒歩2分くらいの近さ。すぐにチェックインして、夕食に出かける頃には雨も止んだ。レストランはすぐ近くの薄暗い遊戯場のような、一見いかがわしそうな場所だが、皆と一緒なら平気。適当に料理を頼み、皆でシェアして食べた。

    
 ペンションの庭 左・サウナ 右・母屋  朝食は母屋のベランダで       ポリ駅                タンペレィの市街
    
 ムーミン谷博物館 月曜は休館日                  博物館横でギター歌手・Nicolas Kivilinna氏 雨のヘルシンキ駅
8日目】 7月12日(火)

ホテルでバイキング朝食→ヘルシンキ大聖堂→観覧車→マーケット広場→エテラ港→(フェリー15分)→スオメンリンナー島世界遺産・水辺の要塞→(フェリー)→ウスペンスキ大聖堂→17:00ホテル→レストランで夕食→就寝

今日・明日のヘルシンキ観光は全くのフリー行動。とはいえ、とりあえず全員が街中を走るトラムやバス乗り放題の2Dayチケットを購入。先ずは一番近いヘルシンキ大聖堂へGo!建物前の元老院大広場がすばらしい。前に投銭用の帽子を置いて、楽器を片手に歌う人や、アイスクリームを食べている人等々、皆夫々が時間と空間を共有しながら、とにかく自由!大聖堂の前に上がると前方からの海やはるか先の島々が見渡せる。広大さと歴史の深さを思い切り吸い込んで、再びトラムに乗って、次のウスペンスキー寺院へ。ところがここで、カップル参加の男性から別行動の提案。なるほどこのところ、やゝもすると土産物店に入って時間を費やす女性陣に堪忍袋の緒が切れそうになっているようだ。かくいう私も同感で、カップル2組+私・お邪魔虫の5人の班と、残り4人の班に分かれた。そしてわが班は港の方へ歩き、スカイホィール大観覧車に乗った。フィンランド最大ということだが、なんと1回ではなく、3回転もサービスしてくれ、高所からの見下ろす街並みを堪能。次にスオメンリンナ島へ渡るべくフェリー乗り場へ。15分間の乗船だが、嬉しいことにDayチケットで無料。フェリーの時間待ちにマーケット広場を散策。なるほど活気があって野菜や果物は新鮮だし、衣類なども露店がいっぱいでお買い得そう。戻ってフェリーに乗り、スオメンリンナ世界遺産の島に降り立った。この島は「バルト海の乙女」の愛称を持つヘルシンキ沖合の島々の代表。18世紀後半に作られた要塞の島で、「スオメンリンナ」とは「フィンランドの城」という意味。島全体はがみりーで憩える公園となっているが、やはり軍事建物や砲弾の戦車など、要塞としての面影を多く残している。
再びフェリーに乗ってヘルシンキの街へ戻り、すぐ傍の見残した
ウスペンスキー寺院に立ち寄り、トラムに野ってホテルへ帰った。夕食は街中のレストランでごく普通のビーフステーキを皆でシェア。私には一切れサイズがちょうどよい加減で、久しぶりに美味しかった。 
    
 ヘルシンキ大聖堂         大聖堂の内部             元老院大広場           観覧車からの風景     
    
 マーケット広場                                   スカイホイール大観覧車        フェリー船上から
    
 【スオメンリンナー島】     ユネスコ世界遺産の旗      要塞の中には沢山のトンネル    クスターンミエッカ大砲           
     
 入組んだ海岸は絶景         家族での憩いの場        カオジロガン               これは?
    
 ウスペンスキー寺院                            ウスペンスキー寺院の内部     イエスズメ
【9日目】7月13日(水)

ホテルで朝食→レンタサイクルネット手続き→ホテル1000発→(サイクリング)→テンペリアウキオ教会(岩をくりぬいた教会)→湾岸にてコーヒーブレイク→シベリウス公園→オリンピックスタジアム→リンナマキ遊園地→トレンデイスポットをスルーして橋を渡る→海岸沿いに走る→マーケット広場→聖ヨハネ教会→デザイン美術館→建築博物館→ライブあり→かもめ食堂→21:00自転車返却→ホテル

昨日、観光中にしばしば目にした黄色いレンタサイクルで、街中をサイクリングしたいなと言ったら、Kカップル組さんが賛同してくれた。Dayチケットで乗れるが、ネット申込らしい。そこで朝一番、英語堪能のYさんがすべて段取りしてくれて、私のクレッジットと携帯メールで申込完了。PinコードとIDナンバーを控えて、サイクルステーションへ。指示通り画面に入力するとカチッとロックが外れる。いざ出発!初めの3ポイントは携帯のナビに印を入れたのでほぼ道順は完璧。先ず「テンペリアウキオ教会」へ。岩をくりぬいて作られたという一風変わった教会。どうやら先日ハルヤヴァルタへ行くのに、ヘルシンキ駅からのバス待ちの時間に案内してもらった「木の教会」と並んでこちらは「岩の教会」として有名。巨大なパイプオルガンが目を引くが、そこでは常時何らかのコンサートが催されている。今も女性が一人何かやりかけているが、待たずに次のポイントへGo。広い緑の公園を横切り、湾岸沿いに走る。マリンセンターらしく、船がズラリと並んでいるのを見ながら快適に走る。気分爽快!喉が渇いて、ちょうどお店に出たのでここでコーヒーブレイク。お天気で良かったぁ。しばし休憩の後、次のシベリウス公園にはすぐ着いた。記念碑コンペで1位になったという銅のようなパイプで出来たモニュメントが有名で、それを背景に記念撮影。3番目のポイントはオリンピックスタジアム。ジュニアヘルシンキカップ開催中で、子供達のサッカー試合中。しばらく観戦した後、次のポイント、リンナマキ遊園地へ。ここからは携帯のナビ無しで、途端に道を間違えて引き返す。遊園地が目の前というところでものすごい上り坂。自転車を押してへとへとになってやっと入り口に到着。Kご主人はひと休み、Kさんと二人で園内を見て歩く。回転式の真っ逆さまになるジェットコースターなどスリル満点の遊具から嬌声の渦。ちょうど昼食タイムなのでお店に入り、私は子供用のピザを注文。それでも食べ切れず残りはお持ち帰り。その後、方向音痴が祟って道を間違うこと数回、余分な体力を費やして、予定のトレンデイスポットを全面的にスルー。橋を渡り、海岸を走って昨日と同じフェリー乗り場やマーケット広場を通って、やっとデザイン地区に入った。突然立派な教会が現われた。写真でお馴染みのレンガ色の尖ったツイン屋根が空にそびえている。聖ヨハネ教会だ。しかし、なぜだろう?周りに人は無く、ひっそりと静まり返っている。夕方だから?否、パンフレットの観光名所にも表示されていない。勿論入口は閉まっている。??、とりあえず目標のデザイン美術館に入る。残念ながら時間が遅くて入場をあきらめる。更に建築博物館に入ってみると、こちらは時間セーフ。というか、二人の一風変わった前衛ミュージシャンのライブリハーサル中。しばらく展示を見ていたら、本番スタート。でも普通の演奏と違ってよく分からない・・。外に出て、いよいよ最後のポイント「かもめ食堂」へ急ぐ。一向に陽がかげる気配がないので「夜」の感覚がない。やっとかもめ食堂を探し当てて本日の予定目標終了。中に入り、豪華な夕食よりもおにぎりが食べたかったがメニューになくて、簡単なセットを頼んだら、長~く待たされて、出てきた料理は超貧相。「あれゝ?」仕方がない、店を見に来ただけだから・・、なんてブツブツ・・。帰りはトラムの線路に沿って一路ホテルへ。午後9時過ぎ、朝のサイクルステーションに戻ると収納スペースがなく、すぐ近くの別のステーションに自転車を返却、ロックを確認して本日は終了。見ると総走行時間は11時間余り。走行距離は7km弱。距離的には短いが時間はすごい・・。ふと、レンタル料は時間制かな?と不安がよぎった。更にうっかり自分のチェーン鍵(サイクリング中自転車を置いて動き回るときに何度か重宝した)をハンドルに掛けたままなのを忘れて、ホテルに戻った。部屋にはツアー会社からの豪華なフルーツ盛り合せ。円高の影響で高すぎたツアー代金の埋め合わせかな?ともあれ自転車にチェーン鍵をつけたままで翌日日本へ帰り、後日ひと騒ぎがあろうとは夢思わずに就寝。

 目を   
 テンペリアウキオ教会(岩をくりぬいた教会)     中では巨大なパイプオルガンの側でライブ中       緑の中を走っていく
    
 湾岸景色を見ながらコーヒータイム   シベリウス公園(後のモニュメントが特徴) オリンピック・スタジアム(ジュニア・ヘルシンキカップ開催中) 
     
 リンナマキ遊園地 USJ並みの賑わい                   聖ヨハネ教会(ネオゴシック様式) デザイン美術館 
    
 フィンランド建築博物館   中では二人の前衛ミュージシャンがライブ中  最終ポイント・かもめ食堂

【10日目】 7月14日(木)~ 【11日目】 7月15日(金)

各自ホテルで朝食→ヘルシンキ駅中心街買物散歩→イッタラ・アアルト・ストックマンデパート→マーケットお土産買物→ホテル集合・出発13:00→14:00ヘルシンキ・ヴィンタ空港着→空港で買物→ヴィンタ空港17:30発翌朝15日9:00大阪・関西国際空港着→解散

長~い、「ロシア・フィンランドの旅」が今日で終了。午後からは機上の人となり、翌朝、日本にご帰還。朝一、泊まったホテルの入口の自動ドアが珍しく観音開きなので、その証拠写真を撮った。ちなみにエレベーターのドアは手動観音開き。実際、当初は自分の部屋の階に着いてもじっとドアの開くのを待っては勝手に1階に戻り、何度も階を上下して戸惑ったものだ。自分で扉を押し開く習慣に3日目にしてやっと慣れてきたところでチェックアウト。なんか笑い話にでもなりそう。さて、残された午前中の短い時間、皆で駅周辺の中心街を散策がてら店をのぞく。東西に細長いエスプラナー公園の、道を挟んで北側にイッタラ・アアルコなど有名な店が並んでいる。私はしばらくして皆と別れ、マーケットに寄ってみた。現地の人が普段食しているものをいくつか買っておいて、日本でゆっくり賞味してみるのも旅後の楽しみ。かくして10時間余の退屈の機内時間も映画・食事・睡眠にまみれて、フィンエアー機は日本の土に無事着陸。お疲れさま~!

     
 セウラフィオネヘルシンキホテル自動扉は珍しい観音開き    ストックマン像       エスプラナーデイ公園     着陸前の関西空港 
【レンタサイクル後日談】

日本に帰った翌日、携帯に英文字のメールが3件入っているのに気づいた。不審に思ったものの、他にすることがいっぱいで無視、というか鬱陶しくて放っておいた。また次の日、更にもう1件メールが増えても放っておいたが、ついに気になって嫌々メールの解読にかかったら、どうやらレンタサイクルの件。請求金額が€289.5とあった。「lock your own cable」の文字が入っているのに全く気づかず、私はひたすら「総走行時間は11時間余」を思い出して、時間制で多額の請求か・・と思っていた。更にその後のメールにはrefund €283.5 total €15.00と太文字になっている。とにかく正確な解読に自信がなかったので、即英語堪能のYさんにメールを転送、事の詳細を伝えた。Yさんによると、最初€289.5の請求だったが、免除され最終的に€15になること、原因は私のチェーン鍵をハンドルにぶら下げてロックしたままだったという事を教えてくれた。そこで初めて私は鍵を置き忘れていたことに気がついた。鍵自体は百均で買ったもので、簡単に切って捨ててもらえばいい話だが、管理側としては「Please contact us」ということなのだ。とにかく大変な迷惑をかけてしまい、Yさんが代わりに丁寧に事の確認と謝罪のメールを送ってくれた。Yさん本当にありがとうございました。
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                  国内旅行

種子島旅行 2004年4月19日~21日

自分の父親の生まれ育った所を、一目確かめておきたいと思うのは、至って自然な気持ちでしょう。5年前には母親の郷里を訪ねて、島根の出雲大社周辺を巡った。今回も実の姉と兄、そして、種子島に長く住んでいた従姉妹たちと共に、「ルーツを探す旅」に出かけた。

月19日(月) 
伊丹空港9:10~鹿児島空港10:30~仙厳園~知覧武家屋敷~指宿(シーサイドホテル泊)


当日は雨。鹿児島では暴風雨で、飛行機が着陸できるかどうか分からないとのアナウンス。しかし、予報どおり昼までに低気圧は通過して鹿児島到着後程なく晴れてきた。2台のレンタカーを借り、今日は鹿児島市内から指宿へと向かう。不案内の地方ゆえ、いっそ大型のタクシーで回れば、時間的にも良かったかも知れない、と後になって思う。予定の池田湖・開門岳山麓など行けずに指宿のホテルに到着がレンタルの時間ぎりぎりだった。ホテルで砂蒸し風呂に入り、豪華な夕食で今日1日の疲れを癒す。
            
    

4月20日(火)
指宿港8:50~西之表港11:10~わかさ公園~墓参り~父の生家跡~国上小学校~千座の岩屋~南種子町(大和温泉ホテル泊)


屋久島回りの高速艇トッピーに乗り、途中開聞岳を眺めたり、船の旅を楽しんで種子島西之表港に渡った。。トッピーとは「トビウオ」のことらしい。こちらへ来ると同行の従姉妹の娘K子さんが案内役になる。先ずは港の直ぐ側のわかさ公園を散策し、その後。すでに無くなってしまった父の住家の跡、廃屋となった従姉妹達の家を訪ねた。
まだ観光地化されていない南国風の島の中、現地に残る少ない親戚を訪ね、墓の前でよもぎ団子を頬張り、畑からサトウキビを引き抜いて、その甘い汁をしがんだ。童心に戻りながら、ふと、父も子供の頃この土地で笑い・遊び・生活していたのだなぁ・・・と思うと、一層懐かしさがこみ上げてきた。私はほんの赤ん坊だったので、何も覚えてないけれど、姉や兄は近くの小学校に数ヶ月通い、僅かながら思い出を残していた。その小学校にも寄ってみた。感慨深そうに、遠くを見つめるような姉と兄のまなざしが私にも伝染するようだった。
父の生家を後にしてからは、今夜の宿泊ホテル南種子町まで東海岸沿いに、ひたすらドライブ。未開拓の緑が多く残されて、しかし、道路だけはしっかりと整備されて、島全体を貸切したような気分になる。途中、千座の岩屋に立ち寄り、見事な風紋に足形をつけて、岩窟を探検したり、波の引間に岩に登ったりして遊んだ。

   
        千座の岩屋・風紋        千座の岩屋の中
    
                               
父の生家跡        
    
 昔親戚の人が住んでた家?   
国上小学校の庭           千座の岩屋

4月21日(水)
ホテル8:30~門倉岬~宇宙センター~宝満の池~千座の岩屋~海亀産卵地~種子島空港16:40~伊丹空港18:10


「ルーツを尋ねる旅」最終日。帰りの飛行機の時間まで目いっぱい回ろうと観光地図を見ながらK子さんに案内を頼む。彼女達も、長くこの地に居たとは言え、島全体を知っている訳でもなく、私達同様新たな感動を味わっていたようだった。至る所につわぶきが植生し、美味しい一品になるからと採取した。料理下手な私だが、このつわぶきは本当に美味しかった。
宇宙センターに寄ったり、昨日の千座の岩屋へ、今度は引き潮の時間に合わせてもう一度訪れて、海ぶどうを食べてみたり、珍しい海牛を見つけたりした。最後に海亀の産卵地に立ち寄り、きれいな砂浜の感触を、しばし楽しんだ。
これほどに豊かな自然が残されたこの島が、私達のルーツであることに、充分な満足感を抱きつつ、名残惜しくも機上の人となった。

     
           
    
 
門倉岬                    種子島宇宙センター                             
             
海亀の産卵地  



【バースデイ&クリスマス】 USJにて 2005年12月

私の誕生日はクリスマスに近いので、幼い頃からいつもうやむやにされてしまう。今年は孫と一緒に、3度目のUSJに行った。パレードやクリスマスツリーでムード全開。

        



お盆のお墓参り 2006年8月13日(日) in八日市市

長男が9歳の幼さで病死して早や31年。毎年お盆に八日市へお墓参りに来ている。最初は悲しくて、心細くて、打ちひしがれる思いで参っていた。当時まだ土葬が行われ、墓といっても小石を積んだ原始的とも言える墓であったが、参るたびに整備され、今は各家とも立派な墓石を据えている。周囲も鬱蒼とした森から舗装道路が敷かれ、小粋に小道の名前さえ付けられた。当時家々の前の溝にどじょうが泳ぎ、森の中には珍しい昆虫がいっぱいいた。毎年次男と二人で墓参りに来るのが楽しみになり、次男が独立してからは一人で参るが、いつの間にかここが私のふるさとになってしまった・・・。

    

 車窓から見る近江富士。   瀟洒に建て変わった八日市駅  
用水路の水を墓へ汲んだ。  この奥に長男が眠っている。



2007年8月13日(月) 

恒例の長男が眠る八日市市へのお墓参り。私は毎年楽しみにしている。JRの近江八幡駅から近江鉄道に乗り換えて、田圃の広がる田舎道を行く。お墓への道は年々整備されて、原風景が減っていく一方で、お墓の周りはりっぱな「河内の森公園」となり、近辺から子供の遠足や家族づれのレジャー地となりつつあるらしい。来年は私も季節を変えて散策がてら来て見ようと思う。

   
 近江鉄道沿いの名所「太郎坊」の山   古い格子戸の八日市の町並み       お寺さんの立派な伽藍



2008年10月26日(日) 名古屋観光 (甥の結婚式の後で)

前日25日の土曜日に名古屋のロイヤルホテルで甥の結婚式があった。
せっかくだから翌日は名古屋観光をしようと姉と相談して決めた。結婚式当日は駅前のビジネスホテルに泊まり、夜の名古屋駅周辺をうろついた。目に止まったのが「ミッドランドスクエアー」。エレベーターで42階まで一気に上り、夜の街を見下ろすとスリル満点。すごい眺め!名古屋城やNHKタワーを確認した。しばらく眺めていると丁度「霧と虹のショー」が始まった。地上42階で繰り広げられる霧の噴射に、7色の光が走る迫力満点のショー。入場料¥500は値打ちだった。
翌日は一日乗り放題エコ切符を使って名古屋城・熱田神宮・徳川園などを散策した。二人とも余り名古屋を知らなかったので、結構楽しめた。お昼は噂に聞いた「味噌カツ丼」か「櫃まぶし」という名古屋名物を食べようと楽しみにしていたが、熱田の松坂屋が本場だったのを知らず、結局駅前の松坂屋で「櫃まぶし」を食べた。鰻丼を、①そのまま、②わさびとねぎを混ぜて、③お出汁をかけて茶漬け風に、三通りの食べ方で楽しむというもの。周りも皆この「櫃まぶし」を食べていた。勿論美味しかったよ。でも名古屋は商売がうまいね。
とにかく久しぶりの姉と二人の散策はとてものんびりとして楽しかった。

   
  
夜の名古屋駅前        名古屋城(金の鯱が光っていた)   熱田神宮(樹齢千年の楠が神木)



ルーツ探しの旅・第3弾【与論島&沖永良部島】 2009年8月28日(金)~31日(月)

ルーツ探しの旅は1回目は母方・島根へ、2回目は父方・種子島へ行った。いずれも6人兄弟の内、姉・兄・私の3人であった。その後、兄弟水入らずの旅で台湾へ行ったが、今回3度目のルーツ探しを兼ねて兄弟旅行をしようということになり、日本航空の職員の末の弟が万事を計画してくれた。男兄弟が4人も居るので、私は早朝や自由時間を使ってルーツよりももっぱら探鳥に専念。貴重な収穫満載の旅となった。

   
与論駅跡・昔は電車が走ってた? 百合ケ浜・1.5キロ沖まで潮が引く   歴史民俗村     絶滅危惧のヤシガニ?

(1日目) 伊丹空港7:55⇒9:05鹿児島空港11:40⇒13:00与論島⇒プリシアホテル泊

大阪組6名が鹿児島で東京組3名と合流。基点の与論島へ午後1時に着いた。夕方まで72歳の長姉から58歳の末弟までこぞってホテルのビーチでスキューバダイビング。透き通った水にひらひら泳ぐ魚を見つけては大歓声をあげ、完全に子供時代にタイムスリップ。2時間弱を楽しんだ後は夜の食事に出かけた。「海将」という店で海鮮料理を舌鼓、「泉水」という焼酎を1本とってロックに水割り。夜8時からは「夜光虫ツアー」に参加と盛り沢山。9時過ぎ各自2~3名づつのコテージに戻り、1日目は終了。

(2日目) 
早朝一人探鳥⇒朝食後海岸沿いをレンタサイクリング⇒与論港12:10⇒13:55沖永良部島・和泊港⇒フローラルホテル泊

1種でも与論島で初見種を見たい一心で、早朝は一人バードウオッチングと決めていた。6・7月と違って日の出が6時ごろと遅い。ずっと南方というのも関係あり?運良くエリグロアジサシの子育て中の岩を見つけた。ラッキー!キジバトとイソヒヨドリがやたら多い。ここはメジロやヒヨドリでも亜種名のリュウキュウやアマミがつくので、普通種でも必ず証拠写真に撮っておく。
バイキングで食べ過ぎの朝食後はレンタサイクリング。男兄弟4人に紅一点混じって走り出した。体力には一番の自信がある私だ。島独特の風景を満喫して、鳥も探しながらの快適サイクリング。最終日の自由時間は絶対一人でレンタサイクルで鳥をゲットしに回ろうっと。
昼頃、1日1本の船便でいよいよルーツの本拠地「沖永良部島」へ渡る。ホテルに荷物を置いたらすぐに、レンタカーで島を巡る。先ず役場へ行って何か手がかりをと計画していたが、あいにくの土・日でダメ。次善の策で「歴史民俗資料館」へ行ってみた。丁度、今年は元琉球王国を鹿児島の島津藩が攻略し戦うまでもなく日本国となって、400年目の節目の年の記念展示がなされていた。職員さんの話ではいろんなことが次々と符合し核心に近いが、特に詳しいという館長さんと明日会えば、結論が出そう。思わぬ事の進展に皆テンションが上がりっぱなし。ついでに親戚が居そうな「瀬名」へ行き、90歳になるというお婆さんを紹介され、往事の記憶をたどってもらった。


(3日目)
午前中、私は探鳥⇒和泊港12:00⇒13:40与論港⇒スキューバダイビング⇒夕食「地中海」⇒夜は選挙速報&談話会


ルーツ探し組は朝食後すぐにレンタカーで歴史民俗資料館へ館長さんに会いに行った。私は一人近場でバードウオッチング。他のものは観光に出かけた。ホテルの周りをウロウロして過ごしたが、イソヒヨドリが多く、琉球メジロや琉球ツバメも居た。海岸でムナグロを1羽とヤシガニ?を見つけた。島の紫外線は強烈で、2時間制限は丁度良かった。
ルーツ組が帰り、館長さんのお蔭で確実な証拠を得たと報告。バンザーイ!やったねぇ!遠路はるばる兄弟全員で来た甲斐があったというもの・・・。この結果は後日長兄が資料をまとめて兄弟姉妹に配るそうだ。たかが我が親族のルーツの行方とはいえ、やはり尊厳な部分も感じてしまうのは当然・・・?
再度船に乗り与論島に戻って、2度目のスキュウバダイビング遊び。道具に慣れてたっぷり泳げた。夕食後は1室に集まり遅くまで選挙速報を見ながら、思い出話し。明日は帰途につくので一番の夜更かしをした。


(4日目) 午前中レンタサイクリング⇒与論空港13:30⇒14:45鹿児島空港17:50⇒19:00伊丹空港

夕べ遅かったので、早朝探鳥はパス。一人でレンタサイクルで鳥探しと思っていたら、男兄弟が今度は自転車で島を一周というので、2度とない兄弟サイクリングのチャンスなのでまた紅一点加わった。慎重派の兄二人はとても一周は出来ないと思ったらしいが、強行派の私と弟がリードして、見事予定通りに走り通せた。心臓の悪い兄に少し不安があったが、長い坂など無理せず歩いて押せばよく、結局時間内にホテルに戻れた。レンタカーで観光の女性陣とは百合が浜で一緒だったのに気づかず、民俗村で鉢合わせ。自転車組の元気なのに驚いていた。
そんなこんなのドタバタ兄弟旅行もお昼の飛行機に乗り、鹿児島空港で大阪組と東京組に分かれて終わった。丁度東京では11号台風襲来の時だったが、30分遅れでなんとか欠航を免れ無事に帰京出来たようだ。

 
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